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ワタシはカラダをテツガクする

病気が集まってくるカラダを自慢している。 生きてる以上テツガクするしかないね。めんどくさいけどね。

長いようで、、、





5月3日
彼の一周忌をうちうちでやりました。



実家から私の家族も駆けつけてくれました。



長いようで
あっという間でした。



人間感動や刺激がなくなればなくなるほど、時が淡々と過ぎてゆき、
あっという間なんだな。


彼がいなくなり、
相変わらず
私の世界から彩やかな色は消えたまま。


なんも感じない。
ただ、ひたすら働いています。
よかった、、、
仕事があって、、、


彼は仏様の弟子になってるそうです、あの世で。
そして、私達を見守ってくれてるそうです。
だから、悲しそうな私達を見るのは辛いはずだ、、、
そう、お坊さんが教えてくれました。



ごめんね、
もう少し待っててね。
安心させるからね。
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vol.531 誕生日


ご無沙汰しております。
毎日が淡々と過ぎていき、気がつけばこんなに月日が流れていて驚きます。




感動がない毎日を送ると
時間の流れが早くなると聞いたことありますが本当ですね。




腹が立つことも
悲しくて悲しくてやりきれないこともなくなりました。
不思議と、最近は彼が生きているような気がすごくします。


私のマンションの踊り場にいつも彼の気配がします。
必ずです。
いつも振り返ってしまいます。


朝起きると、
ソファでコーヒーを飲んでる彼がいるような気がします。
正確に言うと
いるのです、そこに。




月日が経てば経つほど、
彼が死んだことが嘘で
彼は生きてて、
呼べば答えてくれるような気がします。
なんか不思議な感じがすごくする毎日を送っています。



もうすぐ彼の誕生日です。
寒くなるこの時期、
私から彼への誕生日プレゼントはコートでした。


1番最初の誕生日プレゼントにコートをプレゼントしたら
彼はすごく喜んでくれました。
毎日毎日着てくれて、
毎日毎日ちゃんとブラッシングしたり消臭剤をかけて丁寧に扱ってくれていました。


次の年も
その次の年もコートをプレゼントしました。


彼が


ジョカノは一生俺にコートを買って。
毎年、必ず。
ジョカノといた年の数だけ俺はコートがあるってことやろ?
広い家に住まないとなー(笑)


と言ったからです。
彼はユーモアがあり、
他の人とは違う感性がありました。
そんな彼の提案を私はいつも聞くようにしていました。
最初は戸惑うこともたくさんありました。それくらい彼の提案は突拍子がなく、よく私は驚かされました。




今年も彼のプレゼントのコートを探しています。
もちろん買いません。
でも、探しています。
毎年本当に大変でした、コート選ぶのが。
楽しいなんておもえません。
彼を喜ばせるために必死でたくさんのお店を走り回り、店員さんに試着させて、
迷い、悩み、、、
大変でした。



また彼の誕生日が来ます。



天国は寒くないのでしょうか。
寒さに弱かったので
それだけが今心配でたまりません。


vol.530 49日


早いものです。
明日は彼の49日法要です。


彼がいなくなってから、
何も心は整理がつかぬまま色んなことがありました、、、


お母さんとお父さんと彼の仏壇を捜しにいきました。
3人で一生懸命選びました。
彼の好きな色を基本にして、あーでもない、こーでもないと。
私もせめて何かしたくて、初盆の白提灯と毎年お盆に出す提灯を買いました。
お父さんもお母さんも遠慮してましたが、ワガママを言って買わせてもらいました、、、
毎年ここに帰ってきてと願いをこめました。



お母さんとお墓を捜しにいきました。
なるべく近くがいいなと、、、
お墓の説明を色々受けました。
そのとき、戸籍では家族ではない私も入れますか?!と聞いて、びっくりされたり、、、
お母さんは笑ってました!
しかも、たまたま近いからと行ってみたのに、そのお墓のあるお寺がお父さんと所縁があったりして、、、
何かの縁だね!とお母さんも驚いていました。



彼の会社の人達がお線香をあげにきてくれました。
彼の遺言でお葬式は親しい人だけでこじんまりとと言われていましたし、
あまりに急なことで誰にも連絡できませんでした、、、
でも、このブロクを見ていた元同僚の方が会社の方をつれてきてくれました。
彼の地元の駅で待ち合わせをして、
彼の実家までご案内させて頂きました。
会ったことがない方達なのでとても緊張しましたが、とても彼を想ってくれてる方ばかりでとても嬉しかったです。
彼の霊前で泣いている同僚の方を見て、
このブロクを引き継いで良かったと心こら思いました。


このブロクがなければ、
この同僚の方とも会うことはなく、
職場の彼の話しも聞けませんでした、、、
彼が元気になったら飲もうと話してたというシャンパンをお供えしてくれました。
彼と仲が良かったのが理解できるバイタリティのある明るく素敵な方でした。
会えて本当に良かったです。
お父さんやお母さんもとても嬉しそうでした。
彼が会社でどんなだったかたくさん話してもらえて、彼の仕事ぶりが分かったからです。


本当にありがとうございます。






本来なら、明日は納骨する日ですが、
お父さんが当分は家に一緒にいたいと。
それでお墓には納骨せずに、
家の仏壇に彼は当分いれることになりました。


形などどうでもいいと思います。
お父さんやお母さんが彼を家にいさせたいと決めてくれて、私はとても嬉しかったです。
ゆくゆくはお墓に移動することにはなると思います。
でも、彼はずっと病院生活だったし、とうぶんは家でゆっくりさせてあげていいと思うのです。
お墓に1人なんて、、、
なんか淋しくて私は心配でした。
だから、お父さんやお母さんの決断がすごく嬉しかったです。


彼はきっとお墓なんていらんよ~と言ってると思います。
実際、遺言書にもそう書いてありました、、、
形式や伝統や世間体やそんなことが大嫌いだった彼。
とても真面目で常識人でしたが、
実はとても破天荒な人でもありました。斬新で大胆な考え方や行動力。
そんな彼が大好きでした。


お父さんやお母さんが手元に置いておくという決断に彼は大賛成のような気がします。



パスワードが分からず開けなかった彼のパソコンもお父さんが業者を呼んでくれて無事に開きました。


中には私との写真や動画がびっくりするくらいに綺麗に整理されて保存されてあったようです。


私が作った料理をよく写真や動画で撮っていました。
外で食べたり飲んだりするときも。




私が、


また撮ってる~
やめてよ、恥ずかしいから!!

と言うと、
彼は一言、


おもひで!


といつも言っていました。


お父さんとお母さんはその整理された動画の数々を見て、
切なくて2人で泣いたそうです。
特に動画は声があるぶんとても切ないとお母さんは言っていました。


まるで死期が近いのが分かってるかのように綺麗すぎるくらい整理されてたわ、
、、とお母さんは泣くようにつぶやいていました、、、


私はまだ見る勇気はありません。
遠い過去ではない彼との幸せだった時間。
彼との動画を見てしまうと、
取り戻したくて、戻りたくて、
今生きてることがただの辛さにしかならないと思うからです。


でも、彼が私との思い出をちゃんと整理して保存してくれてることはすごく嬉しかったです。







相変わらず私は何かおかしくなってしまったもう1人の自分を抑え込みながらの毎日を生きています。


でも、彼がいなくなっても変わらず愛情を与えつづけてくれる彼のご両親や、
見守ってくれてる友達、
私をそっとしてくれてる家族か愛しくて愛しくて大切です。
今はうまく感謝の気持ちを言葉や行動にはできません。
でも、1番辛い時に私を支えてくれた人達を私は一生大切にします。



彼を想ってきた気持ちを
これからはそういう人達に使っていこうと思っています、、、

vol.529 5月12日 小さな青空


彼の月命日。
6月12日、私は彼の実家で
お母さんとお父さんと3人でご飯を食べました、、、


あの日からもう一ヶ月も経ちました。
心の整理もつかないまま、
お通夜、
告別式、
初七日、
月命日、
そして今月末は四十九日です。


楽しいことがないわけではありません。夢も希望もないわけではありません。
やらなきゃいけないこともたくさんあります。


でも、すごく疲れます。
すぐにやる気がなくなります。
どうせ彼には会えない。
今更彼に何もしてあげれない。
そう思うと途端に目の前が暗くらなり音が無くなります。
色も音もない空間で私は孤独と戦います、、、


何度か彼の夢を見ました。
いつも夢の中で私は怒られています。
ジョカノちゃんにもっとしっかりしてほしいんだよとお母さんは言っていました、、、
お母さんの夢の中の彼はいつも笑ってるそうです。
私も笑ってもらえるように、しっかり生きていかなければ、、、
そう思うのですが、気づけば色と音のない空間に閉じ込められています。


あの日彼の身体に何が起こったのか、
なぜ防げなかったのか、
本当に救うことは出来なかったのか、、、
彼は前日の夜中12時過ぎには私に笑顔で手を振ってくれていました。


また、来てね


彼の最後の声が頭から離れません。
この世に神様なんていないと
初めて知りました。
この先私は2度と神様に願うことは無いです、、、
もしいたとしても、彼の命を奪ったことを許さない。



まだ33歳ですよ、、、
やりたいこと、
行きたいとこ、
食べたいもの、
見たいもの、
たくさんあったのに、、、




十分頑張ったよ

ゆっくりさせてあげよう

きっと向こうで幸せにしてるよ






色んなことを言われました。
そんなことなんで分かるんだろう、、、彼は死ぬために苦しんで頑張ったわけじゃない。
元気になって家に帰りたくて頑張ってきたんです。
もちろん励ましのお言葉なのはよく分かりますが、、、
でも、私は誰よりも彼の切なる願いや希望を聞いてきました。
退院したらしたい事、行きたい場所、食べたい物、、、
したい事だらけでした。


彼が死んで楽になれたというのは
残された人間のエゴだと思います。
そう思えば楽だから、、、
楽になりたいとは私は思いません。
だって彼は生きたかったのだから、、、
その生きたいと思ってた気持ちを私が引き継ぎ、彼のことずっと思いながら生きていこうと思っています。
















あの日、
私達が彼にやっと会えたとき、
彼は既に沢山の管に繋がれ、
意識はほぼなく、
血圧は40という状況でした、、、


人工心肺と透析で何とか生かされている、、、彼が最も嫌だと言っていた状況でした。
私は愕然としました、、、
あまりの彼の変わりように、、、
こうなる前に、彼が意識があるうちになぜ会わせてくれなかったのか、、、
こうなってしまえば、彼にかける言葉は何の意味も持たないのに、、、



お母さんは朝から病院にいました。
彼にいつでも会えたはずなのに、、、
なぜ、やっと会えたと思ったらこんなことになってるのか、、、
私は怒りが込み上げてきました。
彼が1番苦しく辛い時に
側にいてほしかったのは医者でも看護師でもない。
私達だったはずなのに、、、
例え遠のく意識の中でも、私達が側にいると分かれば彼は不安ではなかったはずなのに、、、





お母さんが


まだダメだよ!
逝っちゃダメだよ!
ジョカノちゃん置いていったらダメだよー。


そう彼に言いました。
私は置いていかれるのか、、、
初めてそこで彼がいなくなる恐怖が心から湧き上がってきました。
でも、2年前の奇跡を信じました。
きっと彼は私を、私達を置いていったりしない、、、


彼は朦朧とする意識の中で
身体中に繋がってる管を引き抜こうと暴れていました。
お母さんと私でその手を押さえていると、彼が何か言っています、、、
何度も言っています。
しかし口の形だけでは彼が何を言ってるのか分かりません。
自分の頭を何度も叩いていました、、、そして、何か言っています、、、
二文字です。












無理









そう言っていたのかもしれない、、、
後から私とお母さんはそう思いました。
きっと彼は無意識の中でも苦しくて苦しくてたまらなかったのだと思います。
頭に何かを巻かれていました、、、
それが痛くてたまらなかったのかもしれません、、、
だから、何度も頭を叩いて私達に訴えていたのだと思います。




先生が、危険なので両手を縛らせてほしいと言ってきました。
お父さんはその書類にサインをしていました。
両手をミトンのような手袋をさせられ、
ベッドに縛られました。



そして、私達はまた一旦ICUの外に出されます。




私は何も考えれませんでした。
前の日に一緒にサザエさんを見たこと、彼と話したこと、帰り際に笑顔で手を振ってくれたこと、、、
なぜあの彼がこんなことになってるのか信じれません。
夢であってほしい、、、何度も思いました、、、





とにかくこのへんから私の記憶は曖昧です、、、
ただ、今まで経験したことないような感情だけは覚えています。
恐怖、
不安、
そして怒り、悔しさ。




また、待合室で待ちます。
何の説明もないまま、、、




私もお母さんもお父さんも何も話さなかった気がします。




そして、やっと呼ばれて、
ICUに入りました。




そして






























私達が彼のベッドに行った瞬間に彼の心臓は止まりました。
電気ショックを与えます。
彼は戻ってきません。
もう一度やります。
戻ってきません、、、





いくら泣いて叫んでも
彼は戻ってきませんでした。
ただ、人工心肺の動きに合わせて彼の体は一定に上下するだけ。



私は何度も何度も彼にお願いしました。



なんでもするから、置いていかないで。
お願いだから、、、



それでも彼の身体はただ一定に小刻みに動くだけでした、、、





そして、彼の身体が可哀想だから、
人工心肺を止めて本当に死んだかどうかを確かめたいと、先生から言われました。立ち会ってほしいと。



私はその場にいることができず、
フラフラとICUを出て行ったようです、、、
よく覚えていません。



気づくと、待合室のソファで誰かに背中をさすられながら泣いていました。
お母さんの弟のお嫁さんでした。
その人の膝にうずくまって泣いていました。ただ、その人のズボンが私の涙でたくさんシミができていたのを覚えています、、、



お母さんやお父さんがどこにいるのか、
自分がどこにいるのか、
一瞬分からない時間でした。










しばらくすると、
お父さんの泣き声が聞こえました、、、


17:24、
彼の人工心肺が止められ、
彼の死亡が確認されたのです。
私もお母さんもそこに立ち会えず、
お父さんが立ち会ったそうです。



お父さんが声をあげて泣いたのを初めて聞きました、、、
この5年、
お母さんや私が泣いてる時もお父さんはいつもしっかりしていたように思います。私やお母さんが取り乱してもお父さんはいつも静かに側にいてくれたように思います。



お父さんの泣き声を聞いて、
私は彼がいなくなったことを叩きつけられ、意識がなくなるくらい泣きました。



彼が死んだことが悲しかったのではないのです、、、
彼を独りで逝かせてしまったことがただ悔しくて悔しくて、
申し訳なくて、、、
最後に彼にありがとうが言えなかったことが、
彼の手を握れなかったことが、
彼に笑いかけてあげれなかったことが、
最後に独りにしてしまったことが、
本当に申し訳なくて、胸が痛くて、
悔しくて、、、
どうしようもないくらい悲しくて、、、



彼に何度も何度も言われてきました。
俺が死んだらと、、、
その度に私は笑って払いのけてきました。
でも、最後の最後まで私は側にいようとずっと思って彼と付き合ってきました。
5年前に彼と付き合う時に、
共に十字架を背負うとお互いに誓いました。
遺していく彼、
遺される私、
十字架の重さは一緒だよと。
その十字架の重さを生きる糧にしようと。


もはや私達にとっては、
生きるとか、
死ぬとかが大事ではなかったのです。
「今、この時」が大事だったのです。



彼の命が燃え尽きる時、
私は必ず手を握って側にいようと決めていました。
その時にお互いの愛を改めて感じようと。



でも、現実はそれすら許してくれませんでした、、、




私は担当医に
絶対許さないと暴言を吐いたようです。
死なせたことではありません。
私達を側にいさせてくれなかったことをです。
治療の邪魔かもしれません。
でも、命が燃え尽きるとき、大切なのは治療でしょうか?
愛して、愛されてる人間が側にいることではないのだろうか、、、


それはそんなに難しいことでしょうか、、、
手術中ならまだ分かります。
でも、彼はICUのベッドにいました。
邪魔ならカーテンの外でもよかった、、、



最後は医者に委ねるしかないのでしょうか、、、




その後、
全員がカンファレンスルームに呼ばれました。
先生から説明された彼の死因。








ゴールデンウイーク明けから食べれなくなり、弱った身体に一気に菌が回り、ショック死に近い状況だったと説明されました、、、


彼が亡くなった後に分かったことですが、目に出来ていたイボからも菌が見つかったそうです、、、
弱った彼の身体は菌に侵されていたのです、日に日に。
食べれなくなり、
リハビリに行けなくなり、
ついには呼吸ができなくなり、、、



でも、彼は諦めてなかった、、、
それだけは分かります。
自分が死ぬなんて絶対に思ってもなかった、、、
だから、笑顔で私に


また、来てね



と言ったのです。












なかなか書けなくてすみませんでした、、、
今回の拙い文章ですら、10日以上かかっています、、、
やはり、この日のことをスラスラ書けるほど私にとっては過去ではありません。
目を閉じると、あの日のことが断片的にちらつきます。
あの日感じた感情が未だに溢れてきます。





いきなり、愛する人がこの世からいなくなることは例えようがない悲しみでしかありません。
例えようがないのです、、、
解ってほしくても、きっと伝わらないのかもしれない、、、



あなたにもし愛する人がいるなら、
あなたを愛してくれる人がいるなら、
その人との「今、この時」をないがしろにしないでください。
その「今、この時」は永遠ではなく、
一瞬なんです。
永遠に続くものなんてありません。
当たり前のことなのに、
当たり前にみんな忘れてしまう、、、



この5年、
彼と私は、
曇りきった空の切れ目から見える小さな青空だけ見てきました。
その小さな青空さえあれば幸せでした。
大きな青空じゃなくていいんです、
小さな青空でも十分綺麗で、
十分私たちを癒してくれました。



今、私は曇りきった空に覆われています。でも、ちいさな切れ目から見える青空を探して生きていきます。
その小さな青空から彼は見てくれてるような気がします。
彼のご両親も、私の両親、兄弟も、友達も私を愛してくれています。
十分愛されています。
今度はその人たちとの
「今、この時」をなお一層大切にしていこうと思います。




vol.528 5月12日







こんな物を持ち出してきて、
何を言ってるんだろう、、、
彼が死ぬわけない、、、
もうやめてほしい、、、
何を言ってるの?



彼の人工心肺が外され
正式な「死亡」が確認され、
彼のお母さんの兄弟、
彼のお父さんの兄弟、
集まってる全員がカンファレンスルームに呼ばれました。


先生が話す死亡理由、
最善を尽くしたというドラマのようなセリフ、、、


私はそんな話は聞きたくない。
彼のことをずっと考えていました。
昨日帰る時に
また来てねと笑顔で手を振ってくれた彼。
その彼が死んだ、、、



私の心も体も私を作り出している全ての細胞が彼の「死亡」を受け入れません。


死亡届けの書類を出されようと、
御臨終ですと言われようと、
彼が戻ってくることを祈り続けました、、、
彼が死ぬわけない、、、
戻ってきて、、、












この日のことをブログに書くことがなかなか出来ませんでした。
時間がかかってしまいました。
ごめんなさい。
理由は二つあります。



彼がなぜ死んでしまったのか、
その時どのような治療や対処が行われたのか、、、
彼がみなさんに伝えて欲しかったのはきっとこれです。
病気の経過を細かくここに載せてきたのは、稀な病気だからこそ誰かや何かに役に立つように記録してきたはずです。
だから、最後の死亡原因は皆さんに伝えておきたいはず、、、
でも、私はこの日あまりの展開の速さと彼を失った恐怖で記憶が曖昧です。
うまくみなさんに伝える自信がありませんでした。


そしてもうひとつは、
ただ、ただ、この日のことを思い出したくなかった、、、
2年前も彼が五分五分だと言われた日は
人生最悪の日でしたが、彼は戻ってきてくれました。
最悪から最良になりました。
でも、この日彼は戻ってこなかった、、、私の今までの人生で経験したことがない最も辛い日です。







胸が苦しくなるほど悲しくなったことなどなかった、、、
息が出来ないほど泣いたことはなかった、、、
手のひらが真っ赤になるまで手を握りしめるくらい悔しかったことはなかった、、、
音も色もなくなり、無色無音な世界で孤独を感じたことなんてなかった、、、





そんなあの日をここに書ける自信も勇気もありませんでした。
私は本当に彼が大好きでした。
彼を心から愛していました。
そんな愛する人がいなくなった日、、、他人に「死亡」という二文字で彼の人生を終わりにされた日、、、
あの暖かい大きな手が冷たくなった日、、、


絶対に忘れられない。
でも忘れたい、、、
でもやっぱり忘れられない。
あの日のことを考えると胸が苦しくて苦しくて、悔しくて悔しくて、、、
今周りの状況、物、人を全て壊してしまいたいくらいの衝動に駆られます、、、



心配してくれる彼のご両親、自分の家族、友達、会社の後輩、部下、、、
心配をかけたくない、同情されたくないと平然と生活を続けています。



でも本当は
幸せそうな人を見ると許せない。
親子、恋人同士、楽しそうに酔っ払ってる彼と同じ歳くらいのサラリーマン、、、
そんな人たちに憎しみさえ抱いてしまうのです、、、
そして、その破壊的な感情は自分にも向きます。
自分の体、
仕事、
私を心配して愛を注いでくれる人達との繋がり、
それらを全て壊してしまいたくなる衝動、、、


彼の最後を思い出すと、
自分が孤独に感じ何もかもが嫌になり、、、
黒いものが発作のように出てきます。



なぜ彼が、、、
親を想い、
私を想い、
未来を願い、
どんな辛い治療にも、長引く病院生活にも逃げず頑張ってた彼が死んでしまい、他の人が幸せで、、、
不公平だと誰かれ攻撃したくなってしまいます、、、
自分や他人、「何か」を壊してしまいたくなる、、、


もちろん、完全に八つ当たりで勘違いの憎しみです。
でも、私の心は彼がいなくなったあの5月12日に壊れてしまったようです、、、

















家族を呼ぶようにと先生に言われました。

というメールがお母さんから入ったのが11時前だったと思います。
ICUの面会時間は2時からだと言われ、私は仕事を片付けるために会社にいました。
なるべく彼といたいからこそ仕事を終わらせておこうと思ったのです。


昨夜12時に私たちは彼と別れ、
朝方4時前に挿管すると先生から電話があったのはお母さんから聞いていました。
でも、私は2年前のことがあって
彼の生命力と、あの奇跡がこれからもずっと続いていくと思い込んでいたのかもしれません、、、
だから挿管したことも大袈裟に驚いたりはしませんでした、、、
2時に病院に行けば会えると安心しきっていました。
だって
彼はいつもいつも、いつまでもいつでも私と一緒にいてくれると、信じきっているのだから、、、


お母さんからのメールで目の前が一瞬だけ白くなりました。
会社の人に何を言って会社を出たのかは覚えていません、、、
タクシーに乗り、とにかく急いで欲しいと強く伝えました。


タクシーの窓から見える外は昨日と同じで空は青く、緑も青く、
何も変わらない景色、、、
青い空に向かって何度も何度も神様にお願いしました。
私は祈り続けました。
そして、どこかでそんなわけないとも思っていたように思います。
彼はどんな時も必ず戻ってきてくれて、私の手を握ってくれていた、
だから今回もきっと乗り越えてくれると。
必ず私から離れたりしないと、、、



病院に着いて、
走ってICUの待合室に向かいます。
お父さんの兄弟がきていました。
お母さんは顔が真っ青でした、、、
私の存在を確認して少しだけ安心したように見えました。
私の到着が彼の死に間に合わなかったらどうしようと心配していたそうです。


私はいよいよ胸が苦しくなってきました。お母さんに状況を聞くと、
血圧が上がってこない、
血小板も昨日輸血して一時的に持ち直したけどまた激減してしまってると、、、
先生に言われたそうです。
意識があるのかないのかも分かりません。今の状況がほぼ分かりません。
お母さんにかける言葉が見つかりません。私はお母さんの横に座りました。


私は体中から血の気が引いていくのが分かります。
呼吸がうまくできません。


とにかく彼に会いたい。
彼に会わせてほしい。
でも、誰も呼びに来ないし、
待合室とICUを結ぶインターホンからも何も言ってきません。




お母さんが長い廊下の先のICUの入り口の方に歩いていきます。
ICUとこの待合室はかなり距離があります。
お母さんは、誰かが出入りして一瞬開く扉から中を確認しようしていました。



お父さんの兄弟の人が私に話かけてきます。私は一生懸命それに答えようとしますが、うまく頭が回りません。


どれだけ時間が過ぎたのだろう、、、
私はお父さんにお願いします。
早く中に入りたいって伝えてほしいと。
お父さんはインターホンを鳴らして中にいる人に何度かお願いしてくれました、、、
しかし、帰ってくる言葉は
お待ちください、、、



不安を通り越しました。
怒りというか。
彼に会いたかった、、、






きっと彼は待ってる。
私たちを、、、
それなのに時間は過ぎていきます、、、
また時間が止まってしまったようなあの時間です。
止まってしまった時間は
もはや時間ではなくなるのかな、、、
そんなことを考えていました。





すぐ側にいても会えないことは今までもたくさんあります。
それでもよかった、、、
待って、待って、待って、
彼に会うために病院に通い、
例え自由な空間や時間がなくても平気でした、、、
会えれば彼は手を握ってくれました。
いつも、いつも、必ず手を握ってくれる、、、それで私は本当に嬉しかった、
、、幸せでした。
きっとまた彼は手を私の前に差し出してくれる、
昨日私の膝の上に手を置いて催促したように、、、
絶対に。




2年前のCCUの時は逐一先生が呼んで説明してくれました。
これからカテーテル手術をする、
これから透析をする、
今は薬で眠らせてる、、、




今回は説明がないまま時間だけが過ぎていきました、、、
彼が死んでしまうことなど心配していませんでした。
でも、痛いことや辛いことをされてなければいいな、、、
ただ、それだけが心配でした。
苦しみや痛みばかりの毎日でした。
これ以上彼に苦しみを与えないでほしい、、、
また私は神様にお願いしました。
そして、早く会いたいです、と。





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