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ワタシはカラダをテツガクする

病気が集まってくるカラダを自慢している。 生きてる以上テツガクするしかないね。めんどくさいけどね。

Vol.60 過去の扉(22)2011年10月「カラダの本音は?」

頑張ってみますか・・・


さぁ、ペースUPしてどんどん書いて現在に追いつきたいです。

早くこのブログのゴッドファーザーPart2状態を解消したいと思います。


アルパチーノに当たる現在のワタシは今入院中で、カラダも元気になりつつあるので暇です。

元気になればなるほど入院は暇ですね・・・


過去の方の主人公、ロバートデニーロに当たるワタシは仕事を休職し、早一ヶ月を過ごしていました。

2011年7月再発時から始めた玄米菜食節制生活にもかなり馴染み、10月になる頃には体重が10キロ以上落ちていました。

もともと好きな時に好きなモノを食べる不摂生をしてましたから、10キロ落ちても適性体重をやや下回る位で丁度良いのでした。

ちなみに今現在のワタシはさらにそこから8キロ落ちて、すっかりヒョロ男となっています。


体調も良く、仕事のストレスからも解放され、まさに心身ともに充実していました。

そんな中、この10月、7月から始めたホルモン療法の定期点検の為にY医師の外来に行った際に、思いがけない事実を突き付けられます。


腫瘍が大きくなっている、とのことです。


ホルモン療法は効いていない、との判断になってしまいました。

この日より、プレドニンを中止すべく、減量開始です。


これはショックでした。


体調も良く、精神的にも充実していたワタシは、きっと治療も上手くいくだろう、と自信を持っていました。

腫瘍がどんどん小さくなる、と過度に期待はしていませんでしたが、まさか悪くなっているとは夢にも思っていなかったのです。


ワタシは、

何故だろう?と考えました。


それまで、規則正しい玄米菜食節制生活を徹底し、ジムにも通い、充実していましたが、それに「こだわり」過ぎたかもしれません。

「これをしなければ、後が無いんだ」

と、ある意味強迫観念に駆られていました。


実際のところ、充実していた、というのは錯覚で、カラダはそれを求めていなかったかもしれません。



再発をきっかけに、

「変わらければいけない」と、

強く意識した結果のこの数ヶ月でしたが、その意識がブラインドとなり、カラダの本音を聞くことが出来ていなかった、ということだと思いました。


これを機に、強い意識でカラダを拘束するのをやめようと考えました。



節制は緩めました。

食べたくなったモノは食べましたし、お酒も解禁しました。


もちろん、玄米菜食節制生活はまだ数ヶ月ですから、これだけで成果が出るモノでは無いかもしれません。

しかし、この腫瘍が大きくなった、という事実にショックを受けたワタシは、あっさり方針転換をしました。

カラダの本音を聞く努力を心がけよう、そうやって方針転換です。




さて、

その後の治療をどうするか?

ですが、

再度手術をしよう、とのY医師の提案でした。


詳しく話を聞くため、再び一回目の手術を執刀してくれたH医師の外来を訪ねます。

H医師によると、胸膜の腫瘍は癒着の心配はもちろんあり、開けてみないと分からないものの、再び前回と同じく左肺を今のまま残して腫瘍だけを剥がせる「だろう」とのことでした。


H医師から、

もう一回手術を頑張ってみますか?

とのお言葉。


断る理由の無いワタシでしたから、そのままお願いをします。

手術は約一ヶ月後の12月初旬の予定となりました。

この時10月の末、冬の足音をそこまで感じながら、

あぁ、またあのオシッコの管やるのかぁ~、と思いながらA病院から家路についたのを記憶しています・・・


つづく

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Vol.59 過去の扉(21)2011年8月~9月「闘病の始まり」

休職させて下さい・・・


2011年7月に再発を告げられ、ワタシはホルモン療法をすることとなりました。

抗がん剤に凝りていたワタシですから、Y医師もこれを提案してくれました。


プレドニン30ミリを毎日内服するというものでした。

これにより胸腺腫が縮小する例があるようです。

様々な副作用は心配ではありましたが仕方ありません。


仕事はそのまま続けました。


この再発をキッカケに考え方が変わったワタシは仕事をとりあえずは従前通り続けながらも、

「カラダを健康にする為に何かしなければ・・・」

と、真剣に考え始めました。


ここからがワタシにとっては本当の意味での闘病の開始でした。


これまで現実から目を背けるようにしていたワタシは、当然ガンに関する書籍や情報に必要最低限以上は触れていませんでした。

なのでこのタイミングで様々な書籍を読み漁り、闘病の心構えや実践すべきことを自分なりに考え始めました。



ワタシはまず、それまで乱れきっていた食生活をまず改めたい、と思いました。

世間的にもベタにはなっていますが、玄米菜食を実践してみました。


仕事をしながらですから、完全には出来ませんでしたが、出来得る限りのことをしました。

野菜中心に採り、主食は玄米です。

会社に玄米おにぎりを持っていったりしていました。

肉は避け、酒も止めます。

もともと野菜好きなワタシでしたので、これは苦なく出来てしまいました。

酒も肉も好きですが、もともと多くのこだわりを持たないワタシは、別にそれらが無くても大丈夫でした。



もう一つ、仕事をどうするか、考えました。

再発してしまったからには、その再発をもたらしたと思われるそれまでの生活を変えなきゃならない、

という考えがありました。

よって、人生のポートフォリオの多くを占める仕事との関わり合いも考え直さねばなりません。


今の仕事のストレスは大きく、この仕事をこなしながら、カラダをケアすることはワタシには出来そうにもありませんでした。

仕事のストレスもある程度は必要だとは思っていますし、仕事をしながらガンが治れば、なお良しです。

しかし、このままカラダをケアしつつ、今の仕事をある程度セーブして続けたとしても、ワタシの気持ち的にも両方が中途半端になることは明らかでした。


ワタシは悩みました。


ワタシが今、一番優先すべきは仕事ではなくカラダです。


それにもう後がありません。


仕事とカラダの両立にもう一度チャレンジしても、失敗は許されません。



ワタシは、

カラダのケアに全精力を傾ける

そう結論を出しました。



思いきってカラダの為に仕事を休むことにしました。

家族も賛成してくれました。


丁度、秋の人事異動のタイミングが迫っていましたから、それに併せてワタシは会社に一年間の休職を願い出て認めてもらいました。

一年で病気が治る保障は無いですし、一年という期間に具体的根拠はありません。

切り良く一年、というだけです。


試しに一年、とにかくカラダのケアに全力を尽くし、ワタシは何かしらの成果を得よう、と考えたのです。

一年後のことは、その時考えることにしました。

ワタシにとって大事だったのは、「今」カラダの為に何をするか、でした。



9月に休職の予定となり、それまでは引き継ぎに追われました。

これは大変で、かなり残業もして無理をしましたが、中途半端にして会社に迷惑をかけることは出来ませんし、これを乗り切れば休職に入れる、ということもあり、ワタシはラストスパートの意味で頑張りました。



9月に入り、休職に突入すると、玄米菜食を徹底し、運動して体力もつけるべく、ジム通いを開始しました。

ほぼ毎日、近所のジムに通い、
泳いだり、筋トレしたりして、サウナやジャグジーに浸かり、帰って来ては好きな本を読み・・・

まるでセレブ奥様のような生活となりました。


とにかく、やりたいコトをやって、精神的にも充実させることを心がけました。

カラダの免疫は心の問題が大きいはずだと考えました。


こうしてワタシの休職生活はストレスからも解放され、実に充実したスタートとなっていました。

この調子で腫瘍の拡大を防ぎ、今のQOLを永く維持出来ていければ良いなぁ~、と夢を膨らませるのでした・・・


つづく

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Vol.57 過去の扉(20)2011年7月「再発により目覚めたワタシ」

このままじゃ、いけないんだな・・・



過去の扉シリーズもようやくここから後半戦です。

え、やっと後半!?・・・長いですね・・・

読むの疲れましたよね?

そこを何とか・・・m(_ _)m

ここからも面白いハズなんで・・・



後半開始は一年半程の未来の話となります。

というのも2010年1月に手術をしてから、この2011年7月までは経過観察の無治療で済んでいたんです。


手術後は数回ほど執刀医H医師の外来に行き、その後は再び内科医Y医師の外来に2ヶ月に一回通って経過観察でした。

レントゲンを2ヶ月毎に撮り、CTは半年ごとに撮ります。


2011年1月、オペ一年後のCTにて、胸膜部分に怪しい腫れが出来ていました。

しかし、オペの反動で腫れが現れる場合もあるらしく、まだ小さい腫れですから引き続きこの時点では経過観察、となっていました。


その半年後、2011年7月のCTでは、残念ながらその腫れは成長してしまっており、これは治療を開始しよう、となりました。


そう、あっけなく再発です。


実際の所ワタシはオペの時点で播種の腫瘍を体内に残しております。

今回はそれが大きくなったと思われる為、正確には再発とは言わないのかもしれませんが便宜上再発ってことで・・・



さあ困りました。



いや、播種の腫瘍は体内にあったのですから、いつかこうなるだろうと・・・

それは、分かっていた「はず」です。



しかし、この再発は意外にワタシにショックを与え、これまでには無かったテツガクをワタシに与えることになります。

ワタシのテツガク的にもここは後半戦開始に相応しい分岐点でした。



手術後のこの一年半を振り返ります。



ワタシは2010年1月に手術を受け2月に復帰した後の春、2010年4月に職場が異動していました。

これはワタシが願い出て会社が調整してくれたのです。


抗がん剤や、手術をした直後、ということもありましたから、ある程度の期間、数年くらいはカラダを優先し、ケアをしながら仕事が出来ればと思っていました。

会社も気を使ってくれて、ワタシを実家から通える勤務地へと異動させてくれたのです。


とはいうものの、その新たな職場は実家から通える、というだけで激務は激務で変わりはありませんでした。

新しく覚えなきゃならないことや、勉強しなきゃいけないことは増え続けました・・・


とてもカラダをいたわりながら片手間で済ませられる仕事などはありません。

それにワタシが病気だから、といって部署全体の仕事が減る訳でもありません。


新しく得られるコトに対してのやり甲斐はありました。

しかし、ストレスもかなり溜まっていきました。


ワタシはカラダそのもの自体は元気になっており、抗がん剤もやってはおりません。

なので、そのストレスを解消する為に暴飲暴食もしたりしました。

それが災いして、ゼイタク病の代名詞たる尿道結石になったりもしましたから・・・w

あれは痛かった・・・

かなりカラダには無茶をかけていましたね・・・



ワタシは腫瘍がカラダに残っていることなどはすっかり忘れ、というより、わざと見ないフリをしていたかもしれません。


日々の仕事の忙しさや、ストレス、はたまた、それを発散する為の目先のやりたいコトなどにかまけて、すっかりカラダのことは怠っていましたね。


現実から目を背け、昔と同じ、元通りの暮らしをしていました。


このままじゃ、いけないんだろうな、

とはアタマのどこかで分かっていたはずなのですが、一年半もの間、経過観察で済んでいたので、その結果に慢心もし、これでいいのだ、と誤解し、ズルズルと一年半来てしまった感がありました。


でも、この「病気になる前に戻る」


ことは、手術の直後は希望していたことでもあったのです。


元の暮らしに戻り、「病気を忘れて過ごす」ことを望んでいたのです。

このままでいいのかな?、と思いつつも、元の暮らしをエンジョイすれば再発もない!・・・とでも思っていたフシのが強かった、ということでしょうか。。。


この間の、いわば「元通りの暮らし」は充実している、といえば充実していましたね。

左肺を半分失い、体力こそ昔とは違いますが、特に出来ないこともありません。

抗がん剤からも解放です。

仕事のストレスは大きかったですが、まぁそんなものは病気と関係なくどこにでもあるコトです。


実際カラダのことは多少心配してはいたでしょうが、特に何かを実践することはなく、構わず日々仕事をしていた感じでした。




元通りの暮らしを取り戻す・・・

はて・・・???


ワタシはどうしたかってんでしょうか?



ワタシは思うに、

過去に戻って、人生をやり直すことで、それ以降起きたことを忘れようとしていたのかもしれません。

若くして癌になる、という、この忌まわしい現実を無きモノにしてやろう、と思ったのでしょう。



抗がん剤からも解放されましたし、あの忌まわしいCTの写真に写るグレーの影も無く、カラダはすこぷる元気なのです。

なのでワタシがそんなあり得ない幻想に囚われてしまうのも無理なかったかもしれません。



しかし、これは明らかに間違いでした。




そんな都合よく人生はやり直せません。

「現実」という、とてつもなく強大なパワーは「再発」という形で、この一年半、ある意味過去に浸って生きていたワタシを現実へと再び引き戻します。

決して過去には戻れない、というごく当たり前のそれを、ようやくワタシに気づかせてくれたのです。



いい加減、現実を直視する必要がある・・・

このままじゃ、いけないんだ・・・


ワタシは真剣にそう考え始めました。


手術の後、

「元に戻れるんだ!」

という発想をしたことがそもそも間違いでした。

大いに後悔です・・・



過去に戻れる!!

ではなく、

今の自分の現実をしっかりと捉え、今からを生きる!



そういう意識が必要だったんです。



気づくのが一年半遅れました・・・

いや、病気が発覚した時、限り無く早くワタシがこれに気づき、実践できていたら・・・

そう考えると2年遅れましたかね。

ようやく目が覚めました。


こうして再発をきっかけに、病気発覚からこれまで何となく惰性できてしまっていたワタシも考え方が変化し、この後、一つ大きな決断をするのでした。


つづく

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