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ワタシはカラダをテツガクする

病気が集まってくるカラダを自慢している。 生きてる以上テツガクするしかないね。めんどくさいけどね。

Vol.62 過去の扉(24)2011年12月「MGの治療と手術のリスケ」

リスクはあるけど大丈夫だろう・・・


さて、B病院にてMG(重症筋無力症)の検査です。

11月と12月の境目の時期にB病院の外来に2回ほど行き、筋電図といって、筋肉に電流を流す検査などします。

その結果、および血液検査などの所見も踏まえて、あっさりMGとの確定診断です。


胸腺腫の人のうち、3割が発症するとされているMGになっちゃいました・・・

過去の扉の初期にも書いた通り、胸腺腫が発覚した当時にはまさか自分がこれになるとは思っていなかったのですが、ついになっちゃいましたね・・・


引きが強いですね~・・・


ということで12月初旬から、これの治療の為にB病院へ入院です。


ワタシの治療プランは、

ステロイド・パルス療法というのを一度実施をして、それでMGをコントロールしながら、再度胸腺腫の手術に挑もう、というモノでした。


プレドニンをそれまでは経口で30ミリとかを服用していましたが、このステロイドパルスは、1000ミリを超えるステロイドを3日間連続で大量に点滴をする、というモノです。

ソル・メルコート?だったかな?そんな名前のステロイド剤を、プレドニン換算で1250ミリ、3日間連続投与です。
※正確には忘れましたので、間違ってるかもです。

ご興味あればググって下さい。ここでは割愛します。


特筆すべき副作用は無いのですが、これをやると一時的にMGの症状が悪化するそうなのです。


実際に点滴が始まりました。

抗がん剤のような吐き気などの副作用はありません。

ただ、二日目、三日目当たりに不眠と便秘になりました。

不眠はすぐ解消しましたが、便秘は5日程全く出なかったりしたので少し参りましたね。

下剤をどんどん増やし解消です。


そして、一時的なMGの症状悪化も想定通り見られました。


しかしそれも3、4日程で再び回復をし始め、ワタシは理想の計画通りのスケジュールでクリスマス前には退院が出来ました。

ステロイドパルスの点滴が終わった後は、再びプレドニン20ミリを毎日服用します。

その状態で手術に向かおう、との計画です。



しかし一つ問題がありました。

その後の胸腺腫の手術について、この入院中からB病院の呼吸器内科、および外科にも色々と検討をしてもらっていたのですが、結局B病院ではワタシの希望するような手術方法は採用していない、とのことだったのです。

ワタシが希望する、片肺全摘ではなく腫瘍をカラダに残すことを前提で実施する縮小手術的な手術は実施をしない、というB病院の呼吸器外科の判断でした。


出来れば、MGのこともあるので、神経内科のフォローも可能なB病院で全て完結出来れば良かったのですが、これはこれで仕方ありません。

病院には病院ごとの考え方があるのは承知です。


ということで、再びワタシはA病院で手術を受けるコトになりましたが、これの調整はT医師およびA病院Y医師が尽力してくれました。

ワタシがB病院へ入院中にT医師はA病院のY医師と密に連携をしてくれて、Y医師もA病院外科医H医師と調整してくれて、再度1月の末に手術を行うことに決まりました。

ステロイドを常用している状態での手術は、傷の治りが遅くなったり、感染症の危険もある、とのことでしたが、20ミリならなんとかギリギリ許容範囲だとのこと。

リスクはあるけど大丈夫だろう、

とのH医師のメッセージを、T医師が教えてくれました。


当初は12月初旬の予定でしたから、2ヶ月遅れの手術です。

その間に腫瘍が膨らんでしまっている不安はありましたが、嬉しいニュースが一つあり、入院中に行ったステロイドパルス療法により、胸腺腫が少し小さくなっていたのです。

ステロイドの抗炎症作用で小さくなったようですね。


手術が2ヶ月遅れましたが、腫瘍が小さくなったことで、そのタイムロスを穴埋め出来た、と思えたので気分的にも安定しました。


こうして何とかまた再度手術の
目処が経ち、クリスマス前にとり急ぎのMGの治療もこなし、年末年始も自宅で過ごせることとなったのでした。


つづく



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Vol.61 過去の扉(23)2011年11月「MG登場」

あ、これは、もしや・・・


さあ、今日は指の調子も良いのでどんどん書きますよー。


一ヶ月後に手術を控えたワタシは、プレドニンを減量しつつ、それまでの玄米菜食節制生活は多少緩めながらも続けていました。

ジムにも通い続けていましたが、なんか気乗りしない時は行かない、といった感じで、その日の体調と気分に合わせて緩~くやっていました。


一ヶ月後の手術に向けて、心とカラダの調整ですね。

無理ない範囲で外出もして遊んだり、それなりに楽しく過ごしていましたね。



そんな11月の初旬のある朝、ワタシは自分の目がかすみ、二重に見えてるコトに気づきます。

疲れ目かな?、といっても朝一ですし、寝不足でもありません。


これは数日続きました。


一日中、視界が二重に見えてる日もありました。

この間、ジョカノと映画を見に行ったりしたのですが、ワタシはもう片目を閉じないと、視界が二重で映画が見れない状態だったりしました。



こりゃおかしい・・・・



・・・・・



・・・・・



あっ!!!


これは、もしや・・・



思い当たるフシがワタシにはありました。


そう、重症筋無力症(MG)です。


この厄介な病気は胸腺腫とセットで語られることも多いですから、これの知識をワタシは多少持っていました。

その症状の中に、複視もあったはずです。


改めてワタシはネットを紐解き、MGを調べましたが、ますますワタシはMGであることが濃厚と感じました。


というのも、実は9月頃から、

あれ?なんかカラダがおかしいな?

という自体にいくつか直面していたのです。


9月の休職直前、丁度引き継ぎに追われて居る頃、ワタシは首がやたら重くなっていることに気づきました。

引き継ぎに当たっては大量の資料を残業しながらPCでガシガシ作っていたので、いつも悩まされている肩こりの延長で首にも疲れが溜まったのだろう、と、ごく全うな自己診断をワタシは下していました。

これは休職に入ってしばらくすると収まったりしたので、あまり気にしていませんでした。

たんなる、疲れ、だということで。



また、この時期ジムにも行き出したのですが、実は筋トレをしてみると、明らかにおかしい自体に直面していたのです。

腕立て伏せや、腹筋が数回しか出来ないのです。

これは明らかにおかしかったです。

しかし、ワタシは筋トレも数年振りであること、また、この時、玄米菜食生活にて、10キロ程体重が落ちていたので、当然筋力も格段に落ちただろうと思ったのです。

明らかにおかしい、と思いながらも、このような理由から、

でもこんなもんか、これからまた鍛えれば良いか・・・

などと思い、筋トレを続けていました。


また、呼吸がなんだか少し苦しいかなぁ?と思うこともあったのですが、それもあったり無かったりしたので、たいして気にしませんでした。



今思うと、MGの症状が出ているのに筋トレや、水泳までをもやっていたのですから、とても恐ろしいです・・・

ワタシは水泳中に呼吸筋が麻痺して溺れ死んでいても不思議では無かったです・・・

あぶねぇ・・・

だって首が重い時なんかは、あえてプールで泳いで肩をほぐして、その後ジャグジーに浸かれば首もスッキリするだろう!

とか思ってガンガン泳いでましたから・・・

無知とは恐ろしいコトですな・・・



これら首の重さも、カラダの筋力低下も呼吸の苦しさも、よくよく振り返るとどれも異常でした。

しかし、休職間際の引き継ぎの激務の疲れや、体重が落ちていたことなどがブラインドとなり、MGの存在には気付けなかったのです。



ようやく視界が霞む複視の出現によりMGの疑いを持ったワタシは11月の中旬になる頃に、Y医師の元に駆け込み、実はMGっぽい、ということを相談しました。

このA病院には、重症筋無力症を診れる神経内科は無いのですが、運よく、週に一回、他のB病院から神経内科医師が派遣されて外来をやっている、とのことでした。


早速日を改めて、神経内科医師の外来にいきます。

登場するは、これまた今現在に至るまで大いに世話になっている神経内科T医師です。


簡単な筋力テストや、問診をした所、おそらくMGであろう、とのこと。



MGの治療にはプレドニンを使います。

ワタシは今回再発時の7月からプレドニンを飲んでおり、10月にかけて減量をしていました。

そのため、胸腺腫の治療の為に飲んでいたプレドニンが、それ自体MGの症状の緩和にもなっており、今回プレドニンを減らしていく過程にて、複視など、また新たなMGの症状が出てきてしまったのでは?

とのことでした。

9月頃から感じていた首やカラダの筋力や呼吸の違和感は、プレドニンを
服用していた為、本来よりは軽いモノで済んでいた可能性があるとのことでした。



またこの頃のレントゲンでは、腫瘍はさらに大きくなってしまっていました。

これも思い当たるフシが・・・

10月の下旬、丁度外科医H医師の外来にて手術を決めた直後、数日間熱が出てしまったのです。

プレドニンの減量を開始したタイミングなので、それと因果関係があるのかもしれません。


この時、以前経験した尿管結石と同じような痛みが腰、というか腎臓にあり、地元の泌尿器科を受診しましたが結石は見当たらず、また、熱の原因も分からず、その熱は数日で引きました。


これはおそらく腫瘍熱で、この時に腫瘍が増悪したのでしょう。

この腫瘍の増悪と、プレドニン減量に併せて、MGの症状が強く出てきた、というとかなり整合が取れると思います。


実際に神経内科T医師の外来を受診する頃には、プレドニンの服用も終わっており、カラダの筋力もより弱くなり始めていました。


T医師はB病院の医師です。

T医師からの提案は、一度神経内科の機能が整っているB病院にて検査をして、確定診断を付けた後、B病院に入院してMGを治療しよう、というモノでした。

つまり、12月に予定した手術は一旦白紙です。


重症筋無力症はワタシは初見ですし、このまま全身麻酔の手術に踏み切るのは危険、との判断になりました。

重症筋無力症は悪化すれば当然動けなくなりますし、呼吸筋がやられてしまうと最悪の場合は気管挿管して人工呼吸器です。

手術に踏み切っても、MGが悪化してそうなってしまってはQOLも何もありません。

とにかく慎重にやろう、とのことです。


これについて、このT医師の外来の後、再度Y医師の外来に行ったのですが同じ意見でした。

Y医師が言うには、A病院には神経内科の機能が無い為、胸腺腫まで含めて総合的にフォロー出来るB病院に一度行った方がいいよ、とのことでした。

B病院にはもちろん呼吸器内科もありますし。



手術が伸びてしまうことは実に残念ですし、不安でなりません。

しかし、MGも怖い病気ですから、致し方ありません。


T医師の提案に従い、ワタシは今現在入院していて、ここでようやく登場するB病院へと入院することになるのでした・・・


つづく



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