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ワタシはカラダをテツガクする

病気が集まってくるカラダを自慢している。 生きてる以上テツガクするしかないね。めんどくさいけどね。

長いようで、、、





5月3日
彼の一周忌をうちうちでやりました。



実家から私の家族も駆けつけてくれました。



長いようで
あっという間でした。



人間感動や刺激がなくなればなくなるほど、時が淡々と過ぎてゆき、
あっという間なんだな。


彼がいなくなり、
相変わらず
私の世界から彩やかな色は消えたまま。


なんも感じない。
ただ、ひたすら働いています。
よかった、、、
仕事があって、、、


彼は仏様の弟子になってるそうです、あの世で。
そして、私達を見守ってくれてるそうです。
だから、悲しそうな私達を見るのは辛いはずだ、、、
そう、お坊さんが教えてくれました。



ごめんね、
もう少し待っててね。
安心させるからね。
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vol.531 誕生日


ご無沙汰しております。
毎日が淡々と過ぎていき、気がつけばこんなに月日が流れていて驚きます。




感動がない毎日を送ると
時間の流れが早くなると聞いたことありますが本当ですね。




腹が立つことも
悲しくて悲しくてやりきれないこともなくなりました。
不思議と、最近は彼が生きているような気がすごくします。


私のマンションの踊り場にいつも彼の気配がします。
必ずです。
いつも振り返ってしまいます。


朝起きると、
ソファでコーヒーを飲んでる彼がいるような気がします。
正確に言うと
いるのです、そこに。




月日が経てば経つほど、
彼が死んだことが嘘で
彼は生きてて、
呼べば答えてくれるような気がします。
なんか不思議な感じがすごくする毎日を送っています。



もうすぐ彼の誕生日です。
寒くなるこの時期、
私から彼への誕生日プレゼントはコートでした。


1番最初の誕生日プレゼントにコートをプレゼントしたら
彼はすごく喜んでくれました。
毎日毎日着てくれて、
毎日毎日ちゃんとブラッシングしたり消臭剤をかけて丁寧に扱ってくれていました。


次の年も
その次の年もコートをプレゼントしました。


彼が


ジョカノは一生俺にコートを買って。
毎年、必ず。
ジョカノといた年の数だけ俺はコートがあるってことやろ?
広い家に住まないとなー(笑)


と言ったからです。
彼はユーモアがあり、
他の人とは違う感性がありました。
そんな彼の提案を私はいつも聞くようにしていました。
最初は戸惑うこともたくさんありました。それくらい彼の提案は突拍子がなく、よく私は驚かされました。




今年も彼のプレゼントのコートを探しています。
もちろん買いません。
でも、探しています。
毎年本当に大変でした、コート選ぶのが。
楽しいなんておもえません。
彼を喜ばせるために必死でたくさんのお店を走り回り、店員さんに試着させて、
迷い、悩み、、、
大変でした。



また彼の誕生日が来ます。



天国は寒くないのでしょうか。
寒さに弱かったので
それだけが今心配でたまりません。


vol.530 49日


早いものです。
明日は彼の49日法要です。


彼がいなくなってから、
何も心は整理がつかぬまま色んなことがありました、、、


お母さんとお父さんと彼の仏壇を捜しにいきました。
3人で一生懸命選びました。
彼の好きな色を基本にして、あーでもない、こーでもないと。
私もせめて何かしたくて、初盆の白提灯と毎年お盆に出す提灯を買いました。
お父さんもお母さんも遠慮してましたが、ワガママを言って買わせてもらいました、、、
毎年ここに帰ってきてと願いをこめました。



お母さんとお墓を捜しにいきました。
なるべく近くがいいなと、、、
お墓の説明を色々受けました。
そのとき、戸籍では家族ではない私も入れますか?!と聞いて、びっくりされたり、、、
お母さんは笑ってました!
しかも、たまたま近いからと行ってみたのに、そのお墓のあるお寺がお父さんと所縁があったりして、、、
何かの縁だね!とお母さんも驚いていました。



彼の会社の人達がお線香をあげにきてくれました。
彼の遺言でお葬式は親しい人だけでこじんまりとと言われていましたし、
あまりに急なことで誰にも連絡できませんでした、、、
でも、このブロクを見ていた元同僚の方が会社の方をつれてきてくれました。
彼の地元の駅で待ち合わせをして、
彼の実家までご案内させて頂きました。
会ったことがない方達なのでとても緊張しましたが、とても彼を想ってくれてる方ばかりでとても嬉しかったです。
彼の霊前で泣いている同僚の方を見て、
このブロクを引き継いで良かったと心こら思いました。


このブロクがなければ、
この同僚の方とも会うことはなく、
職場の彼の話しも聞けませんでした、、、
彼が元気になったら飲もうと話してたというシャンパンをお供えしてくれました。
彼と仲が良かったのが理解できるバイタリティのある明るく素敵な方でした。
会えて本当に良かったです。
お父さんやお母さんもとても嬉しそうでした。
彼が会社でどんなだったかたくさん話してもらえて、彼の仕事ぶりが分かったからです。


本当にありがとうございます。






本来なら、明日は納骨する日ですが、
お父さんが当分は家に一緒にいたいと。
それでお墓には納骨せずに、
家の仏壇に彼は当分いれることになりました。


形などどうでもいいと思います。
お父さんやお母さんが彼を家にいさせたいと決めてくれて、私はとても嬉しかったです。
ゆくゆくはお墓に移動することにはなると思います。
でも、彼はずっと病院生活だったし、とうぶんは家でゆっくりさせてあげていいと思うのです。
お墓に1人なんて、、、
なんか淋しくて私は心配でした。
だから、お父さんやお母さんの決断がすごく嬉しかったです。


彼はきっとお墓なんていらんよ~と言ってると思います。
実際、遺言書にもそう書いてありました、、、
形式や伝統や世間体やそんなことが大嫌いだった彼。
とても真面目で常識人でしたが、
実はとても破天荒な人でもありました。斬新で大胆な考え方や行動力。
そんな彼が大好きでした。


お父さんやお母さんが手元に置いておくという決断に彼は大賛成のような気がします。



パスワードが分からず開けなかった彼のパソコンもお父さんが業者を呼んでくれて無事に開きました。


中には私との写真や動画がびっくりするくらいに綺麗に整理されて保存されてあったようです。


私が作った料理をよく写真や動画で撮っていました。
外で食べたり飲んだりするときも。




私が、


また撮ってる~
やめてよ、恥ずかしいから!!

と言うと、
彼は一言、


おもひで!


といつも言っていました。


お父さんとお母さんはその整理された動画の数々を見て、
切なくて2人で泣いたそうです。
特に動画は声があるぶんとても切ないとお母さんは言っていました。


まるで死期が近いのが分かってるかのように綺麗すぎるくらい整理されてたわ、
、、とお母さんは泣くようにつぶやいていました、、、


私はまだ見る勇気はありません。
遠い過去ではない彼との幸せだった時間。
彼との動画を見てしまうと、
取り戻したくて、戻りたくて、
今生きてることがただの辛さにしかならないと思うからです。


でも、彼が私との思い出をちゃんと整理して保存してくれてることはすごく嬉しかったです。







相変わらず私は何かおかしくなってしまったもう1人の自分を抑え込みながらの毎日を生きています。


でも、彼がいなくなっても変わらず愛情を与えつづけてくれる彼のご両親や、
見守ってくれてる友達、
私をそっとしてくれてる家族か愛しくて愛しくて大切です。
今はうまく感謝の気持ちを言葉や行動にはできません。
でも、1番辛い時に私を支えてくれた人達を私は一生大切にします。



彼を想ってきた気持ちを
これからはそういう人達に使っていこうと思っています、、、

vol.529 5月12日 小さな青空


彼の月命日。
6月12日、私は彼の実家で
お母さんとお父さんと3人でご飯を食べました、、、


あの日からもう一ヶ月も経ちました。
心の整理もつかないまま、
お通夜、
告別式、
初七日、
月命日、
そして今月末は四十九日です。


楽しいことがないわけではありません。夢も希望もないわけではありません。
やらなきゃいけないこともたくさんあります。


でも、すごく疲れます。
すぐにやる気がなくなります。
どうせ彼には会えない。
今更彼に何もしてあげれない。
そう思うと途端に目の前が暗くらなり音が無くなります。
色も音もない空間で私は孤独と戦います、、、


何度か彼の夢を見ました。
いつも夢の中で私は怒られています。
ジョカノちゃんにもっとしっかりしてほしいんだよとお母さんは言っていました、、、
お母さんの夢の中の彼はいつも笑ってるそうです。
私も笑ってもらえるように、しっかり生きていかなければ、、、
そう思うのですが、気づけば色と音のない空間に閉じ込められています。


あの日彼の身体に何が起こったのか、
なぜ防げなかったのか、
本当に救うことは出来なかったのか、、、
彼は前日の夜中12時過ぎには私に笑顔で手を振ってくれていました。


また、来てね


彼の最後の声が頭から離れません。
この世に神様なんていないと
初めて知りました。
この先私は2度と神様に願うことは無いです、、、
もしいたとしても、彼の命を奪ったことを許さない。



まだ33歳ですよ、、、
やりたいこと、
行きたいとこ、
食べたいもの、
見たいもの、
たくさんあったのに、、、




十分頑張ったよ

ゆっくりさせてあげよう

きっと向こうで幸せにしてるよ






色んなことを言われました。
そんなことなんで分かるんだろう、、、彼は死ぬために苦しんで頑張ったわけじゃない。
元気になって家に帰りたくて頑張ってきたんです。
もちろん励ましのお言葉なのはよく分かりますが、、、
でも、私は誰よりも彼の切なる願いや希望を聞いてきました。
退院したらしたい事、行きたい場所、食べたい物、、、
したい事だらけでした。


彼が死んで楽になれたというのは
残された人間のエゴだと思います。
そう思えば楽だから、、、
楽になりたいとは私は思いません。
だって彼は生きたかったのだから、、、
その生きたいと思ってた気持ちを私が引き継ぎ、彼のことずっと思いながら生きていこうと思っています。
















あの日、
私達が彼にやっと会えたとき、
彼は既に沢山の管に繋がれ、
意識はほぼなく、
血圧は40という状況でした、、、


人工心肺と透析で何とか生かされている、、、彼が最も嫌だと言っていた状況でした。
私は愕然としました、、、
あまりの彼の変わりように、、、
こうなる前に、彼が意識があるうちになぜ会わせてくれなかったのか、、、
こうなってしまえば、彼にかける言葉は何の意味も持たないのに、、、



お母さんは朝から病院にいました。
彼にいつでも会えたはずなのに、、、
なぜ、やっと会えたと思ったらこんなことになってるのか、、、
私は怒りが込み上げてきました。
彼が1番苦しく辛い時に
側にいてほしかったのは医者でも看護師でもない。
私達だったはずなのに、、、
例え遠のく意識の中でも、私達が側にいると分かれば彼は不安ではなかったはずなのに、、、





お母さんが


まだダメだよ!
逝っちゃダメだよ!
ジョカノちゃん置いていったらダメだよー。


そう彼に言いました。
私は置いていかれるのか、、、
初めてそこで彼がいなくなる恐怖が心から湧き上がってきました。
でも、2年前の奇跡を信じました。
きっと彼は私を、私達を置いていったりしない、、、


彼は朦朧とする意識の中で
身体中に繋がってる管を引き抜こうと暴れていました。
お母さんと私でその手を押さえていると、彼が何か言っています、、、
何度も言っています。
しかし口の形だけでは彼が何を言ってるのか分かりません。
自分の頭を何度も叩いていました、、、そして、何か言っています、、、
二文字です。












無理









そう言っていたのかもしれない、、、
後から私とお母さんはそう思いました。
きっと彼は無意識の中でも苦しくて苦しくてたまらなかったのだと思います。
頭に何かを巻かれていました、、、
それが痛くてたまらなかったのかもしれません、、、
だから、何度も頭を叩いて私達に訴えていたのだと思います。




先生が、危険なので両手を縛らせてほしいと言ってきました。
お父さんはその書類にサインをしていました。
両手をミトンのような手袋をさせられ、
ベッドに縛られました。



そして、私達はまた一旦ICUの外に出されます。




私は何も考えれませんでした。
前の日に一緒にサザエさんを見たこと、彼と話したこと、帰り際に笑顔で手を振ってくれたこと、、、
なぜあの彼がこんなことになってるのか信じれません。
夢であってほしい、、、何度も思いました、、、





とにかくこのへんから私の記憶は曖昧です、、、
ただ、今まで経験したことないような感情だけは覚えています。
恐怖、
不安、
そして怒り、悔しさ。




また、待合室で待ちます。
何の説明もないまま、、、




私もお母さんもお父さんも何も話さなかった気がします。




そして、やっと呼ばれて、
ICUに入りました。




そして






























私達が彼のベッドに行った瞬間に彼の心臓は止まりました。
電気ショックを与えます。
彼は戻ってきません。
もう一度やります。
戻ってきません、、、





いくら泣いて叫んでも
彼は戻ってきませんでした。
ただ、人工心肺の動きに合わせて彼の体は一定に上下するだけ。



私は何度も何度も彼にお願いしました。



なんでもするから、置いていかないで。
お願いだから、、、



それでも彼の身体はただ一定に小刻みに動くだけでした、、、





そして、彼の身体が可哀想だから、
人工心肺を止めて本当に死んだかどうかを確かめたいと、先生から言われました。立ち会ってほしいと。



私はその場にいることができず、
フラフラとICUを出て行ったようです、、、
よく覚えていません。



気づくと、待合室のソファで誰かに背中をさすられながら泣いていました。
お母さんの弟のお嫁さんでした。
その人の膝にうずくまって泣いていました。ただ、その人のズボンが私の涙でたくさんシミができていたのを覚えています、、、



お母さんやお父さんがどこにいるのか、
自分がどこにいるのか、
一瞬分からない時間でした。










しばらくすると、
お父さんの泣き声が聞こえました、、、


17:24、
彼の人工心肺が止められ、
彼の死亡が確認されたのです。
私もお母さんもそこに立ち会えず、
お父さんが立ち会ったそうです。



お父さんが声をあげて泣いたのを初めて聞きました、、、
この5年、
お母さんや私が泣いてる時もお父さんはいつもしっかりしていたように思います。私やお母さんが取り乱してもお父さんはいつも静かに側にいてくれたように思います。



お父さんの泣き声を聞いて、
私は彼がいなくなったことを叩きつけられ、意識がなくなるくらい泣きました。



彼が死んだことが悲しかったのではないのです、、、
彼を独りで逝かせてしまったことがただ悔しくて悔しくて、
申し訳なくて、、、
最後に彼にありがとうが言えなかったことが、
彼の手を握れなかったことが、
彼に笑いかけてあげれなかったことが、
最後に独りにしてしまったことが、
本当に申し訳なくて、胸が痛くて、
悔しくて、、、
どうしようもないくらい悲しくて、、、



彼に何度も何度も言われてきました。
俺が死んだらと、、、
その度に私は笑って払いのけてきました。
でも、最後の最後まで私は側にいようとずっと思って彼と付き合ってきました。
5年前に彼と付き合う時に、
共に十字架を背負うとお互いに誓いました。
遺していく彼、
遺される私、
十字架の重さは一緒だよと。
その十字架の重さを生きる糧にしようと。


もはや私達にとっては、
生きるとか、
死ぬとかが大事ではなかったのです。
「今、この時」が大事だったのです。



彼の命が燃え尽きる時、
私は必ず手を握って側にいようと決めていました。
その時にお互いの愛を改めて感じようと。



でも、現実はそれすら許してくれませんでした、、、




私は担当医に
絶対許さないと暴言を吐いたようです。
死なせたことではありません。
私達を側にいさせてくれなかったことをです。
治療の邪魔かもしれません。
でも、命が燃え尽きるとき、大切なのは治療でしょうか?
愛して、愛されてる人間が側にいることではないのだろうか、、、


それはそんなに難しいことでしょうか、、、
手術中ならまだ分かります。
でも、彼はICUのベッドにいました。
邪魔ならカーテンの外でもよかった、、、



最後は医者に委ねるしかないのでしょうか、、、




その後、
全員がカンファレンスルームに呼ばれました。
先生から説明された彼の死因。








ゴールデンウイーク明けから食べれなくなり、弱った身体に一気に菌が回り、ショック死に近い状況だったと説明されました、、、


彼が亡くなった後に分かったことですが、目に出来ていたイボからも菌が見つかったそうです、、、
弱った彼の身体は菌に侵されていたのです、日に日に。
食べれなくなり、
リハビリに行けなくなり、
ついには呼吸ができなくなり、、、



でも、彼は諦めてなかった、、、
それだけは分かります。
自分が死ぬなんて絶対に思ってもなかった、、、
だから、笑顔で私に


また、来てね



と言ったのです。












なかなか書けなくてすみませんでした、、、
今回の拙い文章ですら、10日以上かかっています、、、
やはり、この日のことをスラスラ書けるほど私にとっては過去ではありません。
目を閉じると、あの日のことが断片的にちらつきます。
あの日感じた感情が未だに溢れてきます。





いきなり、愛する人がこの世からいなくなることは例えようがない悲しみでしかありません。
例えようがないのです、、、
解ってほしくても、きっと伝わらないのかもしれない、、、



あなたにもし愛する人がいるなら、
あなたを愛してくれる人がいるなら、
その人との「今、この時」をないがしろにしないでください。
その「今、この時」は永遠ではなく、
一瞬なんです。
永遠に続くものなんてありません。
当たり前のことなのに、
当たり前にみんな忘れてしまう、、、



この5年、
彼と私は、
曇りきった空の切れ目から見える小さな青空だけ見てきました。
その小さな青空さえあれば幸せでした。
大きな青空じゃなくていいんです、
小さな青空でも十分綺麗で、
十分私たちを癒してくれました。



今、私は曇りきった空に覆われています。でも、ちいさな切れ目から見える青空を探して生きていきます。
その小さな青空から彼は見てくれてるような気がします。
彼のご両親も、私の両親、兄弟も、友達も私を愛してくれています。
十分愛されています。
今度はその人たちとの
「今、この時」をなお一層大切にしていこうと思います。




vol.528 5月12日







こんな物を持ち出してきて、
何を言ってるんだろう、、、
彼が死ぬわけない、、、
もうやめてほしい、、、
何を言ってるの?



彼の人工心肺が外され
正式な「死亡」が確認され、
彼のお母さんの兄弟、
彼のお父さんの兄弟、
集まってる全員がカンファレンスルームに呼ばれました。


先生が話す死亡理由、
最善を尽くしたというドラマのようなセリフ、、、


私はそんな話は聞きたくない。
彼のことをずっと考えていました。
昨日帰る時に
また来てねと笑顔で手を振ってくれた彼。
その彼が死んだ、、、



私の心も体も私を作り出している全ての細胞が彼の「死亡」を受け入れません。


死亡届けの書類を出されようと、
御臨終ですと言われようと、
彼が戻ってくることを祈り続けました、、、
彼が死ぬわけない、、、
戻ってきて、、、












この日のことをブログに書くことがなかなか出来ませんでした。
時間がかかってしまいました。
ごめんなさい。
理由は二つあります。



彼がなぜ死んでしまったのか、
その時どのような治療や対処が行われたのか、、、
彼がみなさんに伝えて欲しかったのはきっとこれです。
病気の経過を細かくここに載せてきたのは、稀な病気だからこそ誰かや何かに役に立つように記録してきたはずです。
だから、最後の死亡原因は皆さんに伝えておきたいはず、、、
でも、私はこの日あまりの展開の速さと彼を失った恐怖で記憶が曖昧です。
うまくみなさんに伝える自信がありませんでした。


そしてもうひとつは、
ただ、ただ、この日のことを思い出したくなかった、、、
2年前も彼が五分五分だと言われた日は
人生最悪の日でしたが、彼は戻ってきてくれました。
最悪から最良になりました。
でも、この日彼は戻ってこなかった、、、私の今までの人生で経験したことがない最も辛い日です。







胸が苦しくなるほど悲しくなったことなどなかった、、、
息が出来ないほど泣いたことはなかった、、、
手のひらが真っ赤になるまで手を握りしめるくらい悔しかったことはなかった、、、
音も色もなくなり、無色無音な世界で孤独を感じたことなんてなかった、、、





そんなあの日をここに書ける自信も勇気もありませんでした。
私は本当に彼が大好きでした。
彼を心から愛していました。
そんな愛する人がいなくなった日、、、他人に「死亡」という二文字で彼の人生を終わりにされた日、、、
あの暖かい大きな手が冷たくなった日、、、


絶対に忘れられない。
でも忘れたい、、、
でもやっぱり忘れられない。
あの日のことを考えると胸が苦しくて苦しくて、悔しくて悔しくて、、、
今周りの状況、物、人を全て壊してしまいたいくらいの衝動に駆られます、、、



心配してくれる彼のご両親、自分の家族、友達、会社の後輩、部下、、、
心配をかけたくない、同情されたくないと平然と生活を続けています。



でも本当は
幸せそうな人を見ると許せない。
親子、恋人同士、楽しそうに酔っ払ってる彼と同じ歳くらいのサラリーマン、、、
そんな人たちに憎しみさえ抱いてしまうのです、、、
そして、その破壊的な感情は自分にも向きます。
自分の体、
仕事、
私を心配して愛を注いでくれる人達との繋がり、
それらを全て壊してしまいたくなる衝動、、、


彼の最後を思い出すと、
自分が孤独に感じ何もかもが嫌になり、、、
黒いものが発作のように出てきます。



なぜ彼が、、、
親を想い、
私を想い、
未来を願い、
どんな辛い治療にも、長引く病院生活にも逃げず頑張ってた彼が死んでしまい、他の人が幸せで、、、
不公平だと誰かれ攻撃したくなってしまいます、、、
自分や他人、「何か」を壊してしまいたくなる、、、


もちろん、完全に八つ当たりで勘違いの憎しみです。
でも、私の心は彼がいなくなったあの5月12日に壊れてしまったようです、、、

















家族を呼ぶようにと先生に言われました。

というメールがお母さんから入ったのが11時前だったと思います。
ICUの面会時間は2時からだと言われ、私は仕事を片付けるために会社にいました。
なるべく彼といたいからこそ仕事を終わらせておこうと思ったのです。


昨夜12時に私たちは彼と別れ、
朝方4時前に挿管すると先生から電話があったのはお母さんから聞いていました。
でも、私は2年前のことがあって
彼の生命力と、あの奇跡がこれからもずっと続いていくと思い込んでいたのかもしれません、、、
だから挿管したことも大袈裟に驚いたりはしませんでした、、、
2時に病院に行けば会えると安心しきっていました。
だって
彼はいつもいつも、いつまでもいつでも私と一緒にいてくれると、信じきっているのだから、、、


お母さんからのメールで目の前が一瞬だけ白くなりました。
会社の人に何を言って会社を出たのかは覚えていません、、、
タクシーに乗り、とにかく急いで欲しいと強く伝えました。


タクシーの窓から見える外は昨日と同じで空は青く、緑も青く、
何も変わらない景色、、、
青い空に向かって何度も何度も神様にお願いしました。
私は祈り続けました。
そして、どこかでそんなわけないとも思っていたように思います。
彼はどんな時も必ず戻ってきてくれて、私の手を握ってくれていた、
だから今回もきっと乗り越えてくれると。
必ず私から離れたりしないと、、、



病院に着いて、
走ってICUの待合室に向かいます。
お父さんの兄弟がきていました。
お母さんは顔が真っ青でした、、、
私の存在を確認して少しだけ安心したように見えました。
私の到着が彼の死に間に合わなかったらどうしようと心配していたそうです。


私はいよいよ胸が苦しくなってきました。お母さんに状況を聞くと、
血圧が上がってこない、
血小板も昨日輸血して一時的に持ち直したけどまた激減してしまってると、、、
先生に言われたそうです。
意識があるのかないのかも分かりません。今の状況がほぼ分かりません。
お母さんにかける言葉が見つかりません。私はお母さんの横に座りました。


私は体中から血の気が引いていくのが分かります。
呼吸がうまくできません。


とにかく彼に会いたい。
彼に会わせてほしい。
でも、誰も呼びに来ないし、
待合室とICUを結ぶインターホンからも何も言ってきません。




お母さんが長い廊下の先のICUの入り口の方に歩いていきます。
ICUとこの待合室はかなり距離があります。
お母さんは、誰かが出入りして一瞬開く扉から中を確認しようしていました。



お父さんの兄弟の人が私に話かけてきます。私は一生懸命それに答えようとしますが、うまく頭が回りません。


どれだけ時間が過ぎたのだろう、、、
私はお父さんにお願いします。
早く中に入りたいって伝えてほしいと。
お父さんはインターホンを鳴らして中にいる人に何度かお願いしてくれました、、、
しかし、帰ってくる言葉は
お待ちください、、、



不安を通り越しました。
怒りというか。
彼に会いたかった、、、






きっと彼は待ってる。
私たちを、、、
それなのに時間は過ぎていきます、、、
また時間が止まってしまったようなあの時間です。
止まってしまった時間は
もはや時間ではなくなるのかな、、、
そんなことを考えていました。





すぐ側にいても会えないことは今までもたくさんあります。
それでもよかった、、、
待って、待って、待って、
彼に会うために病院に通い、
例え自由な空間や時間がなくても平気でした、、、
会えれば彼は手を握ってくれました。
いつも、いつも、必ず手を握ってくれる、、、それで私は本当に嬉しかった、
、、幸せでした。
きっとまた彼は手を私の前に差し出してくれる、
昨日私の膝の上に手を置いて催促したように、、、
絶対に。




2年前のCCUの時は逐一先生が呼んで説明してくれました。
これからカテーテル手術をする、
これから透析をする、
今は薬で眠らせてる、、、




今回は説明がないまま時間だけが過ぎていきました、、、
彼が死んでしまうことなど心配していませんでした。
でも、痛いことや辛いことをされてなければいいな、、、
ただ、それだけが心配でした。
苦しみや痛みばかりの毎日でした。
これ以上彼に苦しみを与えないでほしい、、、
また私は神様にお願いしました。
そして、早く会いたいです、と。





vol.527 5月11日~また来てね~






博多の友達が、
彼にお別れを言いに来てくれました、
彼の大好きなヒマワリを飾ってくれました、、、

この友達は、彼とも気が合っていて、
よく一緒にお酒を飲みました。
彼はサバサバしてる女の人が好きでした。
この友達はいつもサバサバしていて彼に病気のことなど話さず、でもそれは無理して気を使ってるわけでもなく、ただ、一緒に楽しもう!!と、
普通に自然に彼に接していました。

心配していてもそれをいちいち口に出さず、彼が自然に楽しめるようにしてくれていて、それを彼も分かっていました。
だから彼はこの友達に心を開いていました、、、すごく仲良かったです。


だから、この友達が来てくれて、
彼はすごく喜んでくれていると思います。


何もやる気がせず、
あんなに好きだった仕事も頑張る気がしない、、、
ただ彼のいないことやその悲しみを受け入れられない私に、

それでいいんよ!
何もしなくていいし、無理する必要ないから!!
仕事なんかどうでもいいやん!!


と、彼女は言ってくれました。
どれだけ、楽になれたか、、、
救われました。
彼女は一泊の予定を二泊に延ばしてくれて側にいてくれました。
彼のお父さんやお母さんとも仲良くなり、悲しみに暮れている私達に僅かな安らぎの時間を与えてくれました、、、


皆様の優しいコメントや励ましの言葉、
彼女のような友達の優しさに触れ、
私の心は救われています。
本当にありがとうございます。
この感謝を忘れず、
今日の私はまた少しだけ前に進めます。


ただ、
彼の存在は大きくなるばかりです、、、
何をしてても、彼の気配を探してしまいます。


お母さんが、

今、ジョカノちゃんの横にワタシがいるような気がした!!


と言ったりするとやけに安心できたり、、、
彼の飼ってた猫やうちの猫が変に騒ぎだすと彼が逢いにきてくれた気がして嬉しくなったり、、、


私はこうやって、毎日せめて彼の気配いを探して生きていくしかないのです。
それでも幸せです。
淋しいけど幸せです。
彼を忘れられず、忘れたくない、、、
彼と生きたこの5年に支えられ、今の私が存在します。


たった5年です、、、
でも、この5年私は彼と生きました。
彼に愛され、彼を愛して。
それは一生分の幸せで、
2度と感じることのできないかもしれない幸せかもしれません。
それでも、それなら構いません。
彼にもらったモノで私は充分です。




「僕に残された数十年
もがいて泣いて生きたくらいで
変わりはしないだろう


絶望の時代で分かってるんだよ
愛だけじゃ世界は救えないことも
そう でも
愛で救われた事実を
人は忘れられないんだよ」


この歌詞が好きなんだ~
どうしようもないことをちゃんと歌うのって大切だよね~
ま、どうしようもないから歌ってもどうしようもないんだけどね~


と彼は笑ってました、、、


















ICUに行く準備が整い、
私達は手を繋いで話をします、、、


彼はやたら挿管を嫌がっていました。
話が出来なくなるのがどうしても苦痛だと、、、


もし、そうしようって言われても俺は最後まで抵抗してやるぞ!!といたずらっ子のように笑っています。


よし、抵抗しよう!!
と私も笑います。


CCUの時のことが本当に嫌だったのだとおもいます。
2人で2年前のCCUでの出来事を色々思い出して話していました。





いきなり、病室にお母さんが泣きながら入ってきました、、、
「お願い!!もう一回頑張って!!」


タクシーを飛ばしてきたので、
お父さんとお母さんは思った以上に早く病院に着きました。
本当に早かった、、、
病院までは電車だと1時間はかかりますが、この時は病院から電話があって30分もかかってないと思います。
高速に乗ってもらい急いでもらったと後から聞きました。
タクシーの中でもお母さんは泣いていたと、お父さんが言っていました、、、


泣いてるお母さんを見て、
彼は
「何泣いてんの?!
大丈夫だよ!!!!」
と、ぶっきらぼうに言いました、、、
私は何も言えませんでした、、、
とにかく不安で不安でたまらないなか、動揺することも涙することも必死で耐えていたので、お母さんの涙や言葉で自分まで崩れてしまいそうで、、、
何も言わず、ただ彼の横に座っていました、、、


彼がお母さんにぶっきらぼうに接したのも私と同じ理由なのではないかな、、、
それに、彼も私もお母さんが悲しむほど今の状況は悪くないと信じたかったのだと思います。


お母さんは涙を拭きながら、
トイレに行ってくると、部屋を出ました、、、


彼が小声で、
「母ちゃん、大袈裟だよね?!」
と聞いてきます。



私は1日中側にいたから経過が分かるし、ワタシくんが元気なのも分かるけど、この姿や状況をいきなり言われたら心配するやろ?
と私が言うと


それもそうだな~
びっくりするわな~


と申し訳なさそうでした。
でも、私はご両親が来てくれて心から安心しました。
ホッとしました。

1人ではどうしていいか不安でたまりませんでした、、、
でもご両親が来てくれて心強い。


ICUの準備が整い、
彼はベッドごと運ばれます。
私達は専用エレベーターに乗るとこまで着いていきます。


後で行くからね~と手を振りました。


何度こうやって彼を見送ってきたか、、、
1番初めの手術から数えて何度目だろう、、、


エレベーターの扉が閉まります。
また私と彼の間には大きな扉が阻みます。彼との時間が制限されるのです。


彼がICUでは面会がなかなか出来なくなることを心配していました、、、
その通りなんです。
私と彼はいつも何かに制限され、阻まれていたように思います。





病院の面会時間、
治療、
CCU、
病室にいても看護師や先生が入ってきます、、、
いつもいつもそうでした、、、
自由な時間や空間はなかった、、、




退院したらいっぱい一緒にいれるんだから!!
それだけを願い、
それだけを励みにしてきました、、、
でも、まただ、、、と遠のく願いに肩を落としました。


彼がICUに入って、
私達は外の待合室で呼ばれるのを待ちます。
2年前もCCUの待合室でいつも待っていたのを思い出します。
お父さんはいつもウロウロして、
私とお母さんは並んで座って、
会わせてもらえる時間を待っていました、、、
あの時間は長く長く、
静か過ぎて
耳が痛くなりました、いつも。



遮断されたアノ中で彼は何をされ、
何を思い、
そして、私たちはいつになったら彼に会えるのか、、、
静かな待合室ではいつも時間が止まってしまったのではないか、、、と、不安でたまりませんでした。





また、この待ち時間だ、、、
彼に早く会いたい。
彼の不安や寂しさを考えると胸が痛くてたまらないのです。
私に出来ることがあるとしたら、
彼の手を握ってそれらを少しでも紛らわすことだけです、、、
それしかないのだから、早く中に入れて欲しい!!!
早く、、、



やっと、先生に通されます。
中に入れてもらえます。
入り口で手を綺麗に洗い、消毒をして、マスクをつけます。
CCUで毎日していたことです、もうこの辺の流れは慣れたものです。


彼のベッドにすぐにでも行きたいのに、
先生にカンファレンスルームに通されます。
彼の状況の説明です。


正直、まずはそれよりも彼のとこに行きたい、、、
あ、そうだ、、、
2年前もいつもそう思ってたな、、、


先生の説明だと、


右肺にまで菌が回ってると。
左肺に菌があって呼吸は右肺に頼ってきていたので、
右肺まで菌が回り呼吸が苦しくなるのは当然だと。
だから、病室の酸素マスクでは事足りないのでここで最新の呼吸器をつけましょう。で、呼吸を確保しながら肺の菌をやっつけていこう!!

と、さっき撮ったレントゲンを見せられました。
右肺に小さな点がたくさんあるのが分かります、、、


夕方入れた血小板の輸血で血小板も正常な数値に戻りつつあるとのことで、
そこは少し安心しました。


説明を受け、
やっと彼のベッドに通されました。


彼の頭の上にはモニターがあって、
心拍や血圧、酸素、呼吸数が映しだされています、、、
CCUで、この見方も把握しています。


万全ではないにしろ、
不安な数値ではありませんでした。


彼は椅子を持ってきて座るように言います、、、
いつも、そうです。
立ってベッドの周りに居られるのが嫌いなのです、、、
周りに立たれて見下ろされると嫌だ!!といつも言いますが、
本当はすぐに帰ってしまうのではないかと不安なのだと思います。


彼は思ったより落ち着いているように見えます、、、



目の周りを拭きたいと言いました。
お母さんが買ってきてくれた消毒コットンを気に入っていましたが、、、
ここには持ってきていません。


お母さんが取って来ようか?
と聞くと、

いいの?じゃあ、持ってきて~と申し訳なさそうに言いました。

いいわよ!
取ってくるね!!とお母さんが病室に取りに行きます。


お母さんが出ていくと、
親父明日も仕事だよね~
こんな時間だけど大丈夫かな~と、
お父さんにではなく私に言ってきました、、、


お父さん!
ワタシくんが仕事のこと心配してるよ!!と言います。


大丈夫だよ。
と、お父さんは答えます。


お父さんはいつも、ベッドから少し離れたとこに座ります、、、
酸素マスクしてる彼の声は聞こえないと思います。
彼の横にすぐに駆け寄る私やお母さんとは対照的に、
お父さんはいつも少し離れたとこで黙って座っていました、、、いつも。
男親とはこういうものだと思います。
でも、そこにお父さんが座っててくれることが彼は安心するのではないかな、、、それだけでいいのだと思います。女の私達はやたら色々心配して、話しかけ、世話を焼きます。
でも、お父さんには座っててもらえるだけでいいのだと思います。



彼に時間のことを言われ、
初めて時計を見ました。
もう、12時前です、、、


お母さんが戻ってきました。
目の周りを綺麗に拭きます。

今度は看護師が連絡先の確認にきました。
何かあった時に連絡する電話番号の確認です。
お母さんが看護師と出て行きました。


入れ替わりで入ってきた看護師が
点滴などのチェックをします。
この時グロブリンを点滴していました、、、


看護師が私達をちらっと見て、


電車は大丈夫なんですか?

と冷たく言いました、、、


タクシーで帰るから大丈夫だよ!!
と彼がキツく言いました、、、
看護師は何も言わず出て行きます。


あの言い方はなんだ!
明日からあいつはいじめてやろうと彼が意地悪な顔で笑いました。


看護師も、悪気はなかったんだと思います。でも、電車の時間など心配してもらわなくて結構です。
今は彼の側にいたいのに、彼も私達にいて欲しいのに、、、


今度は違う看護師が
お父さんに
12時過ぎたのでそろそろ、、、
と言いにきました。


お母さんが戻ってきて、
帰ることになりました、、、
彼はまだ帰って欲しくなさそうでした、、、
もちろん私達も出来る限り彼の側にいたかったのですが、、、
病院のルールに従うしかありません。



ベッドの周りを囲ってるカーテンを開けて出ようとすると、
彼が、





ジョカノちゃん!!
また来てね!!!







と手を振りました。


当たり前なのに、、、
明日も来るに決まってるのに、、、


私は、
また、明日来るよ!!!

と手を振りました。
笑顔で、手を振り合いました。










また、来てね。




意識のある彼が発した最後の言葉でした、、、
また明日も会える、
彼も私もお母さんもお父さんも
そう思っていました。
明日も明後日も彼に会いにきます。
当たり前のことなのに、、、



彼は
また来てねと言いました。
彼がいるなら、
私はどこにでも会いにいきます。
でも、今はどこに行けばいいんだろう、、、



あの日、
明日はリップを持ってきて!と彼は言っていました。
酸素マスクは唇がすごく乾くんだよ~と、、、



明日はもう永遠に来ません、、、
あの日リップを塗ってあげてればよかった、、、
今でも彼の乾いた唇が気になって仕方ありません、、、
なんで塗ってあげなかったんだろう、、、
明日はもう永遠に来ません、、、












vol.526 母への愛 母からの愛

今日は
5月11日のことはいったんお休みさせてください、、、






昨日から彼の実家に行ってました。
昨日の夜はお母さんが久しぶりにご飯を作ってくれました。
彼のお母さんは本当に料理が上手で、
彼がグルメだっのは仕方ないかな、、、


お父さんとお母さんと3人で、
彼が退院したら飲もうと決めてた
白ワインを飲みました。
もちろん、彼の位牌の前にもワイングラスを置いて4人で飲みました。


私は彼のベッドで寝ました。


ずっと不眠で
夜な夜なブログの更新をしていたのに
昨日はびっくりするくらい
安眠でした、、、
彼の気配がしてたからでしょうか、、、




朝、起きるとお母さんが朝ごはんを作ってくれてました。
私が泊まりに行った次の朝、
いつも彼とご両親と4人で食べてた朝ごはん、、、
あの時と同じ、
お母さんのお味噌汁は変わらず
美味しくて、、、
時間が止まってるような
気になりました。











私では役不足です。
彼がいなくなって、
ご両親の悲しみは深く、
ご両親の淋しさは途方もなく、

それでも私は
彼の分までこの2人を大切にすると
彼と約束しました。

親父と母ちゃんを
頼むよ、、、と。
彼は生前いつも事あるごとに言っていました。
任せて!!と、約束したもんね、、、



彼のご両親は
私を本当に可愛がってくれます。
実の娘だよ~と言ってくれます。
彼がいても
彼がいなくなっても、、、


私の両親は遠く離れた広島にいて、
彼のご両親がいつも私の面倒を色々見てくれます。


今日、


彼のお父さんと自転車に乗って、
彼の携帯の解約に行きました。


その後、


彼のお母さんとまた自転車に乗って
晩御飯の買い物に行きました。



家族ごっこかもしれません。
私なんかにはこの2人の悲しみや淋しさは癒せない、、、
彼がいないとダメなんです、
それでも私は彼を生んで育てて、愛してきたこの2人が大好きで、
心から感謝をしています。
この2人のお陰で
私は彼と出逢えました。


だから、役不足だろうと家族ごっこだろうとこの2人を支え守っていきます。
彼との約束だから。



さっき、
自分の家に帰ると
広島の母から電話がありました、、、



母さん、私ね、もう誰も好きになったり、結婚はないと思うわ、、、
ごめんけど、、、

と言うと、
母は、


ワタシくんがくれたメールを全部保護したよ、、、
今日、ワタシくんが今迄くれたメールを読み返してね、、、
あんな優しい子いないよね、、、
忘れれんよね、ワタシくんのこと。
忘れれるわけないわ、、、
あんたがそう思うのは当たり前じゃわ。
だって、母さんもそう思うもん。


と、2人で泣きました、、、



母がここまで言うのはわけがあります。
彼は自分の両親だけにとどまらず、
私の両親、兄妹まで大切にしてくれました。


付き合い始めた頃、
自分の病気のことを長い長い手紙にして、うちの両親に送っていました。
最初はうちの両親も驚き、心配していましたが、
その後彼が広島の実家まで来てくれ、
両親はすぐに彼の人柄を知り、心配するどころか本気で応援してくれるようになりました、、、



母や妹には定期的にメールをしてくれたり、何かプレゼントを送ってくれたり、、、私が知らないうちにそういうことをしてくれていました。


うちの母の母、
つまり私のばあちゃんが
パーキンソン病になったときも、
すぐに御守りを送ってくれていました、、、


妹の結婚が決まったとき、
妹の妊娠がわかったとき、
私よりも喜んでくれました、、、

人付き合いが苦手な妹ですが、
彼に惹かれ、
彼になつき、
彼の健康を心から願っていました。
妹は今妊娠4ヶ月ですが、
彼に子供を見せるのを楽しみにしていました。
妹は彼のことを本当のお兄ちゃんとして慕っていました。
彼の入院が長引いてることを知り、
博多から夫婦でお見舞いに来たりしてました、、、
彼の事が好きだから、
本気で心配していました、、、


うちの家族は
病気の彼との交際を反対する人は誰もいませんでした、、、
みんな、彼の人柄、優しさに惹かれ、
彼を誇りに思っていました。


父も、
義理の息子になってほしかった、、、と葬儀の後泣いていました、、、


彼のご両親は
大事な年頃のお嬢さんなのにすみません、、、と、
うちの両親にいつも謝っていましたが、うちの家族は彼のことが大好きでした。


クールな彼でしたが、
いつも自分の家族、私の家族を大切にしてくれました。



私が1番印象的なのは、
ちょうど1年前の今頃、
母の日のプレゼントで
お母さんとうちの母に旅行をプレゼントしてくれたとき、、、


申し訳ないと遠慮する母に、


俺がこんなんで
母ちゃんに苦労ばっかかけてるから
ゆっくりさせたいんよ。
1人じゃ行かないから
付き合ってやってください、、、

と母に頭を下げました。
母の遠慮を取るために、、、
わざとそういう言い方をしてくれました、、、


母はそれならとお言葉に甘えます、、、と頭を下げてました。



もちろん彼から2人の母への感謝の印の旅行であることは間違いありませんでした。
でも、
そういうことがさらっと解り、気遣える人でした。
私はその時、
更に彼を尊敬したのを覚えています。
色んな人の気持ちを汲み取り、
優しく接することのできる人でした、、、


そんな彼だったからこそ、
みんなの心にいつまでも残るのだと思います、、、
みんなが涙し、
みんなが彼の死を悲しみ、悔しんで、
彼の事を忘れない、、、
あんな彼だったからこそ、、、






彼のお母さんからの
コメントです。




「長い長い闘病生活の中にも彼女との楽しい日々があった、幸せな時があった、死の間際まで息子は思っていたと思います。

息子は遺言書をのこしていました。

最後は、傷みがないように、麻薬を使ってでも安らかに死にたいと……

その遺言を守ってやれなかった事が残念です。

もう少し早く遺言書を開封していれば延命治療はしなかった。

どんな辛い、検査、治療も、文句一つ言わないで耐えてきました。

なのに最後の願いも聴いてやれなかった。

本当に悔しい。

もう、傷みも感情もない国へ旅たってしまいました。

優しくて、賢く、私には過ぎた息子でした。

許してくれるならもう一度親子になりたい。


私は息子の死を受け入れる事はできません。

最後にこのブログを読んで下さいました皆様本当にありがとうございましたm(__)m


もう暫く彼女に付き合って下さいませ。 」




私は、

お母さんの事が大好きで
お母さんを大切におもい、
お母さんと仲良しの彼が大好きした。
自分の母親を大切にしてる彼だからこそ
私は彼を心から信頼できたのです。




以前、




俺のことマザコンだと思う⁉︎


と聞かれたことがありました、、、


マザコンって何?!
自分を生んでくれた人、
自分を愛してくれた人を
大事にできん人なんて
私は大嫌いだから!!!
マザコン大いに結構やろ!!!

と私が答えると、



ジョカノちゃんはもううちの家族の一員なんだから、ジョカノちゃんは親父を頼むよ?
俺は母ちゃん、ジョカノちゃんは親父ね!


と言われました。


このブログの中で
彼も何度も書いていました、、、
両親への申し訳ないと思う気持ちを。
私にもそれを何度も言っていました。
ひとり息子の俺がこんなことになり、、、と。
自分を責めていました。
1人息子のプレッシャーを感じていました。
親を悲しませてると、、、何度も何度も私の前で泣きました、、、









彼がよく聞いてた曲です。
母への想いを歌った曲でした。
私もこの曲は大好きです。


「いつだって言葉は無くても
無償の愛で僕を包んでくれてた
桜の公園で幼い僕の手をひいて
歩いてくれた
それが最初の記憶


いつも笑って話して
通ってたあの思いも
今はもう届かないんだよ
愛してくれた気持ちの分量を
僕はきっと返せなかったんだよ
1人涙を飲む



笑って話して
通ってたあの思いも
今はもう届かないんだよ
あの頃照れくさくて離した手を
もう少し繋いだままで
歩けばよかったな


いつも笑って話して
通ってたあの思いも
今はもう届かないんだよ
今の僕が
あなたの為に出来ることは
明日も変わらず
笑って生きていくこと

大切な人との間に
僕もいつか命を産むだろう
その時は
あなたがしてくれたように
大きな愛で守れるように
強くなるから
心配しないで、、、
休んでいいよ、、、」




vol.525 5月11日~じゃんけん~


彼が毎日あの病室で
何を見て、何を考えていたのか、、、

私はこのブログを見て
すごく驚きました、、、


彼の病気や死への冷静さ、
テツガクしようと模索する姿勢、
葛藤、
不安、
そして生きようともがいてること。



私の前の彼とのギャップを
感じました、、、
彼は私の前では難しいことは
話しませんでした、、、
特に入院中は。



入院してない時、
お酒を飲みながら
お互いの人生観や夢、
それぞれの彼の病気との付き合い方などは話しましたが、
彼は病室にいるときは
一切と言っていいほど
そんな話はしませんでした。

子供の様にふざけ、
子供の様に笑い、
子供の様に甘える。


そんな彼から想像もつかないような
ブログの中の言葉。
彼は孤独だったのかもしれない、、、
私や家族を心配させないよう、
自分の中の不安や葛藤をここでしか出せなかったのではないか、、、


そう思うと、胸が締め付けられます。
彼の孤独を私は共有できなかった、、、
悔しくて、情けなくて、、、
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
彼にもっと出来たことがあったはずです。
今更です、、、



彼が病気を打ち明けてくれた5年前、
俺といたら後悔すると言った彼に
私は言いました。



後悔するかなんて、
先のことなんて、
今は分からんよ。
ただ、この一瞬一瞬を、
この今を、
必死で生きよう。

必死で生きたこの「今」が
積み重なって、
2人の人生になるやん。

先のこと考えないで。
うちらの照準は常に
「今」だけでいいんよ。



そう思って、一生懸命やってきたのに、、、



なのに、私は後悔ばかしています。
もっともっともっともっともっと、
彼に出来たことがあったのではないか、、、と。
きっと彼は天国でそんな私を笑っていますね、、、



不甲斐ない、不出来な私を
彼女として大切に大切にしてくれました。
彼氏が病気と知ると、
反対する人、
憐れむ人、
心配する人、
たくさんいました、、、


でも、私は幸せでした。
彼が私を彼女に選んでくれて、、、
幸せでした。


彼がいなくなる1週間くらい前に
夜中に彼からメールがきました。


こんな彼氏でごめんね。


と。



こんな私を彼女にしてくれて
ありがとう!




と、返信しました。



本当ジョカノちゃんは
変な女やね。笑。


真夜中の2人のやりとりです。







人生最高の幸せ
人生最高の喜び
人生最高の悲しみ
人生最高の悔しさ
あなたが全部教えました、私に。
あなたしか私に教えてくれる人はいません、、、
他の人では教えれない、、、






「いつまでも 続けと願っても
僕の命は終わりがあって
だからこそ 輝ける

今と向き合う意味を
声を枯らし叫んでるから

僕らの生きていく世界は
毒もあって
時に愛も踏みにじられる

それでも 最後の日に
愛されたことも思い出せますように


青空が最後につけた言葉の色
僕に答えをくれた
「この人生は僕のもの」 」



彼がよく病室で聞いてた曲です。
彼がどんな気持ちでこの曲を聞いてるのか、、、
ただ、その時私は、
横にいることしかできませんでした。








サザエさんがもうすぐ終わります。


今週はジャンケン勝とうね!!
と彼は楽しそうです。





先生と看護師と研修医が病室に
入ってきました、、、
繋いでいた彼の手に力が入ったような気がしました。


ワタシさん、
ちょっと提案なんだけどね、
ICUに行こうか?


先生は明るくハキハキと言いました。


彼は
はぁ。。。
とだけ答えました。


いやいや、
ほら、もう病室じゃこれ以上
酸素レベルあげれないし、
ICUならもっと高性能で
楽に呼吸できる酸素マスクがあるからね~そっちの方がいいかな~


と。
あくまで軽い感じで言いました。



彼が私に

ジョカノちゃんは
どう思う?

と聞いてきます。






私はなかなか言葉が出てきません。
頭の中は2年前のことが
走馬灯の様に駆け巡っています。


声を振り絞り、

行ったほうが
ワタシくんが楽になれるんですよね?

と先生に聞きました。



先生は
大きく頷きました。


じゃ、行こうか?


と私が言うと
彼は、


ジョカノちゃんが言うなら
行こうかな~と笑いました。


サザエさんの
ジャンケンが始まりました、、、


看護師が、
では、ICUの準備が整ったら呼びにきますね、彼女さんは移動する準備をお願いしますね。

と私に早口に言いました。


え?!
今すぐ行かないと行けないんですか?


私は驚きました。
そんなに急ぐ必要があるくらい
彼の中で何かが起きてるの?
ちょっと待ってよ、、、

私の顔色が変わり、
先生が慌てて説明をしました。
ただ、明るく。



うん、行くなら早い方がいいよ!!
ジョカノさんが帰ったあととか
心配だからね。
ICUなら完全体制でワタシさんを
見てくれるし。
ね?!
今からご両親にも電話で説明するからね!!



先生達が出ていきました。
サザエさんはもう終わってしまいました、、、
彼も私も何も話しません。


私は悔しくて怖くて
どうしていいか分かりません。
2年前の様に彼が生死を彷徨ってしまったら、、、
彼に何かあったら、、、
気付いたら涙が溢れていました。


私は彼の手を離し、
なるべく彼の方を見ずに、

ちょっとトイレ行ってくるね、

と部屋をでました。
そのまま一階まで降りて
外にでました。

涙が止まりません。
怖かったのだと思います、、、
自分でもなんでこんなに
涙が止まらないのか分かりません。

とにかく彼にこんな姿を見せたらダメだ、それだけは強く思いました。
あまり遅くなると彼が変に思うし、
病室に1人きりにしてきたことも心配です。
早く戻ろう!
でも、涙が止まらないのです。
悔しくて悔しくて悔しくて、
彼の気持ちを考えると辛くて辛くて辛くて。
真っ暗な空を睨みながら泣きました。



病室に戻ると彼はぼーっと
つまらないテレビを見ていました。
目が赤くなっていました。
彼は泣いていたんだ、、、


私はすぐにベッドの横に座ります。
彼はまた私の膝の上に手を置きます。
私は優しく手を握ります。
また涙が溢れてきました、、、
きっと彼はそれを見ていました。




CCUの時もあんまり面会できなかったんだよね~
ICUもそうなんかな~


と彼が独り言のように呟きます。


あん時は一刻を争う大変な事態だったから治療の邪魔にならないために入れなかっただけだよ?

今回は呼吸がもっと楽に出来る様にってことやったやん?
だから、大丈夫だよ、一緒にいれるし、
お母さんもずっといてくれるよ~

と答えました。
彼は
そうだな~とまた独り言のように言いました。


私は
お母さんに電話します。

すぐにお母さんは電話にでて、
私が何かを言う前に


ジョカノちゃん!!
すぐ向かうから!!!


と言って電話を切りました。
先生から説明の電話がきていたのでしょう。


私はICUに持っていく彼の荷物をまとめます。
彼は、持って行くものを私に指示を出しています。

ジョカノちゃん、
洗面用具入れた?

あ、ジョカノちゃん、
あの読みかけの本も持って行きたいよ?

ジョカノちゃん、
ジョカノちゃん、
と、、、
私に持って行きたい物を
どんどん言ってきます。

ねぇ、ワタシくん、
すぐにここに戻ってくるんだよ?

と私が言うと、
彼は、

それもそっか、、、
じゃ、必要最低限で行こうか!!


と笑いました。


そう、すぐに戻ってきて貰わないと
サザエさんとのジャンケン一緒にできないじゃん!困るよ!!


と、私は大袈裟なくらい
ふくれっ面で彼を怒ります。


あ、今日できなかったもんね~


彼はまた笑いました。


私は荷物をさっさとまとめて、
また、ベッドの横に座ります。
彼が膝に手を置きます。
また、私は優しく握ります。
今は2人の不安が
繋いだ手からお互いを行き来してるだけです、、、







この手を絶対に離したくない


と強く強く思っていました、、、












vol524 5月11日~最後とは思わず~

うつらうつらしてる彼の手を握りながら、私は幸せで幸せで何度も彼の手を撫でました、反対側の手で。


ふと彼の気配が変わります。
寝ていると思っていた彼は起きていて私の方を見ていました。


何か言おうとした瞬間に、
看護師と先生が揃って入ってきました。


ワタシさん、苦しかった?

と先生が聞きます。

彼は

いえ、、、別に。


モニター見てると酸素が少し足りて無いんだよね、、、

と、先生。

あっ!!!
先生、今、彼はうたた寝していたから
無意識だと呼吸が足りてないのかもしれません!

と、私が答えると、
先生が

睡眠中も楽に呼吸出来る様に
酸素レベル少し上げようね

と、、、
看護師が酸素レベルを4から6に上げました。
そして2人きりになります。
なんだか私は現実に引き戻されます。
そうだ、状況は決してよくないんだ、、、


彼が、

そういえばジョカノちゃん、
なんか持ってきたの?

と、窓辺の私の荷物を指差します。
そうだ!!
忘れてた、、、彼を紛らわそうと買ってきた雑誌を、、、

彼に雑誌を渡すと、
彼は嬉しそうにその雑誌をめくります。
でも、皮膚という皮膚が乾燥しています。左手には酸素計が繋がっています。
もちろんうまくめくれません。

私はすぐに彼の代わりにめくります。

彼はすごく真剣に1ページずつ見ています。

この靴いいね~!
このスイカ柄のシャツ俺似合いそうやない~?

靴が大好きな彼。
ちょうど夏の靴の特集が組まれていて、
一生懸命その特集を見ています。
花柄のスニーカーとピンクオレンジのスリッポンが気になったようで、
そのページの端を折り曲げました。


退院したらまず靴を買いに行きたいから
着いてきてよ~
楽しみだな!!
この雑誌好きなんだよ!!
楽しいね!!

と何度も言ってくれました。
私はそれを真に受け、得意気になりました。彼の病気は治せないし、無力だけど、彼の好み、彼のセンス、彼の性格、彼の気持ちは理解できる、、、誰にも負けない!!!






時計は4時半。
いつもなら彼がシャワーを浴びる時間です。
シャワーやお風呂が大好きな彼。
でも、今日は何も言いません。
大好きなシャワーを浴びる元気もないのでしょう、、、
後で体を拭いて着替えさせてあげよう、、、


彼が私にベッドに座るように言いました。
そして私に、体を起こして隣に座らせて欲しいと言います。


大丈夫と??
心配する私に、

隣に座りたいの!!!
と駄々っ子のように足をバタバタさせてふざけます。

はいはい。


私は彼の体を起こします、酸素マスクの管や、彼の体の管に気をつけながら体を起こして、ベッドのふちに2人で並んで座ります。

ねぇ、この図おかしくない?!
と2人で笑います。


なんで無理して起き上がったのかな~
とても苦しそうに見えます。


ねぇ、横になろうよ、、、
と私が言っても嫌がります、、、


10分くらい、何も言わず2人で並んで座っていました、、、
彼は私の手を握っていました。
温かい大きい手です。


今度はテーブルに座らせろと、、、
もちろん頑として私の心配を振り払います。
仕方なく、テーブルに座らせます。


今度はパソコンを出せと。




ジョカノちゃんのiPodに入れたい音楽があるからさ~


ねぇ、別に今日じゃなくていいやん!
酸素マスクしてまですることじゃなくない!?


昨日ね、重いのに親父に持ってきてもらったんだよ~



ねぇ、、、
今日じゃなくていいよ、、、
来週でいいやん?


全然私の言うことを無視して続けます。


そこのコンセント入れて~



ねぇってば!!



彼は大きく溜め息を着いて、

今日したいんだよ、、、
そのために親父に運んでもらったんだ、、、
来週じゃダメなの、、、


少し悲しそうに私に訴えます。



私は仕方なくパソコンをセットします。
彼は、鼻歌を歌っています。
そして、私のiPodに7枚のアルバムを入れてくれました。


彼は満足そうにまた鼻歌を歌っていました。





先生がまた入ってきました。



ワタシさん、座ってて大丈夫なの!!
横になってた方がよくない!?



彼は、
座ってるほうが楽なんですよ、
咳がでなくて。
と、慌てる先生を諭すように答えていました。





レントゲンをここに呼びました。
今からレントゲンとりましょう!!
ちょっと肺の中を調べたいから、、、
今はCTを撮りにいかせるわけにはいかないし、、、
あっ、ジョカノさんは出てね?
あまり体によくないからね~。

ほどなくして、レントゲンチームが彼の病室へ。
私は外に出されます。







5分後、
先生が呼びにきます。

ちょっとレントゲン調べて、
また結果を見せにきます。
お昼にした血液検査の結果が酷いから、
血小板の輸血をします。
もうすぐ届くからね。
それと同時に免疫力上げたいからグロブリンも同時に入れますから。
ワタシさんには今話しました。

と、先生の説明を受けて、
私は彼の病室に戻りました。

彼はパジャマのボタンを一生懸命止めようとしていました。
なんで、止めてあげないのよと、
私は少し苛つきながら、
急いで彼の元に駆け寄ってボタンを止めようとしました。

マスクに送る酸素のボンベの音がうるさく、彼は私が病室に戻ったことに気付いてなかったようで、
驚きながら、
ボタンを止める私に

飯はいらないから取りに行かなくていいよ。

と、少し疲れた表情で言いました。
レントゲンが疲れたわけじゃありません、、、
きっと、血液検査の結果を聞き、落ち込んでるのです。


あっ、笑点始まるよ!!
と私はあえて明るく言いました。

彼がすぐにテレビをつけます。


毎週日曜日の私達の流れです。
笑点を見て、
ちびまる子ちゃんを見て、
サザエさんを見て、
最後にサザエさんとジャンケン。


私達はなるべくいつもの日曜日通りに、
なるべく流れを崩さないようにしていたような気がします。

彼は笑点を見て笑っています。
菊扇さんのくだらないダジャレが大好きなのです。

そして、ちびまる子ちゃんが始まる頃には、彼はグロブリンと血小板の輸血の点滴に繋がれていました。

実はこの少し前に先生と研修医が来て、
既に入ってる点滴のライン以外にもう一つラインを取ろうとしましたが、、、
二回トライして、取れませんでした。
彼の血管は注射や点滴のし過ぎでボロボロとなり、かなり上手な人でも探すのが難しいうえ、皮膚が赤く黒くなっていて余計に見つけにくくなっているのです。
結局彼は20分近く、縛られた腕を叩かれたり、針を入れられて、失敗してというのをやっていました。

その間も彼は私の方を見て、
変顔をしたり、
大袈裟に痛い顔したりしてふざけていました。


先生達が諦めて出ていきます。
その時、遂に彼の酸素レベルは10となりました、、、
彼の呼吸を見て、
先生がレベルを上げて行ったのです。


サザエさんが始まりました。
その間も、彼はずっと私の手を離さず
サザエさんを見ています。


また来週も一緒にサザエさん見ようねと彼が言いました。

うん!!
来週もじゃ、日曜日は必ず仕事やすむからね!!
と私は答えます。


ずっとずっと、この先も日曜日は一緒にサザエさんが見れると私は信じていました、、、
この日が最後になるなんて、
夢にも思っていませんでした、、、


どんな嫌なことがあっても、
どんなに辛いことがあっても、
日曜日になれば2人で笑点を見て、
ちびまる子ちゃんを見て、
サザエさんを見る、、、
それが私達のこれからも続く幸せな時間だと信じてやってきました。
その日曜日はまた来週も来る、、、
だから、一週間頑張れる、、、


彼もそうだったはずです。
そう思いたかったはずです。







今も彼が入れてくれた曲を聞いています。
たまたまかもしれません、
単なる偶然で、彼は深く考えずに入れてくれた曲かもしれません。


でも、今は私の胸を締め付ける歌詞ばかりです。
毎日彼の入れてくれた曲達から
彼のメッセージを探します。



偶然は必然で、
今、この時、必要なものだから
私の前にあるんだ。

この私の考え方を彼はいつも笑っていました。
ジョカノちゃんはいつも意味を持ちたがるよね~

と。


でも、そう思えば単なる偶然が
自分にとってかけがえのないモノに変身する。だから、俺はその考え方はすごく素敵だと思うよ。

そう言ってくれました。










「がんじがらめの社会で
幾度手を伸ばし
掴もうとしたモノはこれじゃない

逃げてもそれなりに幸せな
この世界で
まだ此処じゃないと言えるから

この手で
全て色あるものを変えれるなら
この胸の迷いに白黒をつける

他人に勝つことなんて
さほど難しくはない
自分に勝ち続けることを思えば

逃げてもそれなりに幸せな
この世界で
まだ此処じゃないと言えるから
先に行くよ」






vol.523 5月11日~お互いがお互いを~







「欠落したって ひきずったって
戻れやしないのさ
偉人にだって カラスにだって
終わりが来る 此処の定め

別れ惜しんで泣くだけじゃなく
いつか自分だって
変わらず死んで行くことも
忘れんじゃないよと

人が生きる為に与えられた時間は
きっと必要な時間の半分も
与えられちゃいないんだ

志半ばで死んで逝った者たちを
横目に死んだふりできんのか?
甘えてんじゃねぇぞ
生きてられる時点で
俺たちは意味を失っても
自分で終わらせて良い理由なんて
あるわけないだろう
行こう
前へ進め
9番目の雲に乗って」



彼が居なくなる前日彼が
私のiPodにいれてくれた曲です。
彼の実家に向かう京成線の電車の中で
聞いていました。

涙が溢れます。
夕方6時半をまわった電車は
混んでいます。
私はドアの右側のところに寄っ掛かり
外を見ています。
止まらない涙を、
彼のお母さんのために買った
大きな花束で隠して、、、


ドアの左側に立ち、私に向き合うように立っているスーツを着たおじさんが
私をずっと見ていますが
どうでもいいのです。
なんと思われてもいい、、、


私は綺麗な雨上がりの夕焼けの空に
一生懸命9番目の雲を探していました。
溢れる涙でうまく探せません。


今日はお母さんのお姉さんが明日、
神戸に帰ってしまうため
最後に一緒にご飯を食べるから
おいで、と、
彼のお父さんが誘ってくれました。

お母さんのお姉さん、
つまり彼の叔母にあたる方です。

彼が居なくなった日の月曜日から
ずっと、お母さんのそばにいてくれました。
お姉さんも息子さんが2人いて、
1人は彼や私と同じ歳、、、


子供のいない私には、
とうてい理解しきれない
「子供の死」というものを
このお姉さんなら理解できます。
お母さんを支えてくれました。
私には支えることのできない
お母さんの深い深い悲しみを
お姉さんが支えてくれていたんだと
思います。


着きました、電車を降りてトイレへ。
涙で崩れた顔をうまく直し、
お母さん、お父さん、お姉さんの元に急ぎます。
この人達のところにいると、
誰にも言えないことを吐き出してしまいます、、、
ご両親の方が辛いのだから、
しっかりしようと思っていたのに。
結局、苦しくてたまらない胸の中を
吐き出してしまい、
泣いてしまい、、、
何をやってんだ、私は、、、


お母さんの好きな黄色、
彼の好きな緑色、
お母さんがすごく喜んでくれました。
彼の霊前に飾りました。








彼の病棟に着いたのが、
13時くらいだったとおもいます。
彼の病室から看護師が何人かバタバタと出てきました。
そして主治医の先生も、、、
みんなナースステーションの中に慌ただしく入っていきます。


日曜日に先生がいるなんて珍しいな~
ん?てゆーか、初めてだな~と、
彼の病室に入ろうとすると
後ろから先生に呼び止められました。


今日はお母さんかお父さんは来る?


今日は私しか来ません。



先生の顔が曇ります。
私の脇を抜けてまた看護師が彼の病室に入って行きます。


一瞬、2年前の7月の朝を思い出して体が固まりました。


そっか、、、
ちょっと困ったことになってね、、、
と、先生が今の状況を説明してくれました。


先生の説明が終わり、
彼の病室の前で扉を開ける前に大きく深呼吸をしました。
大きく、、、
大きく、、、



私が病室に入ると、


あ、ジョカノちゃんが来た~!
と彼が言います。

来たよ~。
と私はいつものように言います。
そう、いつものように。




こうやって2人の日曜日がいつも始まります。
今日もいつものように始まりました、
ある1つを除けばいつもの始まりです。
ある1つを除けば、、、
















彼が酸素マスクを着けていました、、、


部屋に入った時、
私の顔が強張っていたのでしょう。
気持ちを落ち着けたつもりでも、
彼は見抜いています。



いや~、なんかね、朝はなんともなかったけど、急に昼くらいから少し呼吸が苦しくなってね~


と、明るく言ってきます。



私は彼のベッドを通り越して
いつものように窓際にバッグや上着を置きます。
ちょうど彼に背中を向けてるので、
背中で彼の声を聞き、
彼にバレないように今度は
小さな深呼吸をします。


そして、
振り向き、彼のベッドの横に座り、


きつかったやんないと?
我慢しとったん?
大丈夫?
と今度はちゃんと彼の目を見て
話しました。
動揺がバレないように、
自然に言えたと思います、、、


彼は嬉しそうに、

我慢してないよ!
大丈夫だよ!!
ジョカノちゃん、うがいしておいで!

と言いました。
いつから、彼は私のことを
「ちゃん」づけで呼ぶようになったのかな、、、
ずっと名前を呼び捨てだったのに、、、



私は部屋を出て洗面所に行き、
鏡の中の自分を見ます。
私より、ショックなのは彼の方なのに、
私が動揺してどうすんだ!
バカ!!


部屋に戻り、
また彼のベッドの横に座ります。
彼は少しベッドの頭の方を上げて
布団を腰までかけて座っています。


椅子に座ってる私の膝の上に手を乗せてきました。
これは、手を握ってほしいという
いつもの彼の催促です。
私はすぐに彼の手を握ります。


今日の真っ赤なスカート可愛いね!
アメリカの80’sの女の子みたいやね~
大きな水玉も可愛いやん!


ありがとう~
絶対褒めてくれると思ったよ!
水玉好きやもんね~?
ワタシくんが水玉好きやけん、
着てきたんよ~


その会話中、彼は酸素マスクを外していました、、、
私に平気なとこを見せたかったのか、
喋りづらかったのか、、、
彼が私の動揺を和らげようとしてくれていることが痛いほど解り、
また、私も彼に気を使わせないように
平然を装いいつものように
話をしていました、、、




すぐに看護師が部屋に入ってきました。


ワタシさ~ん、
呼吸苦しいですか~
と。


私は彼の胸元を見ました。
心電図の赤と黄色の線がパジャマの隙間から見えました、、、
私と手をつないでる反対の手の薬指には、酸素計が、、、
モニタリングされているのか、、、


彼が看護師に、

大丈夫だからさ、
ジョカノも来たし、なんかあったら
ジョカノが知らせるからさ~
呼んでもないのに来ないで~

と明るく冗談っぽく言います。
看護師は私に
よろしくお願いしますと言って出て行きました。


看護師が出て行くと、
普段はナースコールしても来ないくせにねぇ~と笑っています。



本当やねぇ~と
私も笑います。
酸素レベルは4となっていました。
病室の酸素レベルは最高が10です。
今の段階では、大丈夫そうだな、、、



彼はふざけて私の手をギュッとしてきます。
私はギュッと握り返します。
すると彼はギュッギュッとまた握ってきます。
私もやり返します。
彼は私といる時は、よくふざけ、よく冗談を言い、変な替え歌を歌ったり、モノマネしたり、、、
いつも、たくさん笑わせてくれていました、、、
昔、お母さんに
ワタシがあんなにひょうきんだと知らなかったわ~と言われたことがありましまた。
確かに、私も付き合いだして、すごくギャップを感じました。
すごくクールな人だと思っていたので、、、




彼が冗談を言い、私がツッコむと、

だからジョカノちゃんが好き~!
ちゃんと相手してくれるもん!!笑

とよく言われました、、、







ねぇ、先生が母ちゃんに電話するって言ってたから、ジョカノちゃんから
母ちゃんに電話して、来なくていいって言ってよ~
母ちゃんびっくりして来ちゃいそうやろ?!
今日はジョカノちゃんいるから
母ちゃん休ませたいんよ。
ほら、明日から大変になるかもしれんやん?!
まぁ、大変になったら困るんやけどね~と彼に言われ、
私は彼のお母さんに電話するために
病室を出ます。



お母さんに先生から電話はまだのようでした。
お母さんは先生から連絡きたら電話すると言い、、、

少ししたら電話がかかってきました。


ワタシはジョカノちゃんといたいみたいだし、、、
行かないほうがいいよね、、、
ワタシ大丈夫だよね、、、


お母さんは心配そうです。
当たり前です。
日に日にご飯が食べれなくなり、
せっかくやり始めたリハビリも休まなきゃいけないくらい弱っていって、
遂に呼吸が満足にできない。
私もお母さんも口には出さないにしても、2年前のことがよぎります。



いつも通り、よく笑って、
酸素マスクしてるのによく話してます!!
大丈夫じゃないと困りますよ!!

と、私は答えます。


そうよね、、、
さっき先生も、今まで乗り越えてきたんだから大丈夫ですよ!って言ってくれてたし、、、


なんかあったら、すぐに電話しますね!
と言ってお母さんの電話を切りました。


悔しさと怒りがこみ上げます。
これ以上彼を苦しめたら許さない!!
こんなに長く入院して、
家に帰れなくて、
腎臓が壊れてご飯も食べれなくなるくらい薬漬けで頑張ってるのに、、、
これ以上彼を苦しめないで、、、
誰に?何に?
この怒りは、、、

主治医?
看護師?
病院?
効かなかった数々の治療?
神様?
運命?

とにかく私は腹が立っていました、、、
お母さんの心配そうな声、
彼の気遣い、
そんなものが私の怒りを煽ります。


病室に戻ると、
彼は心配そうに私を見ます。
お母さんにちゃんと話をして、
今日は来ないようにお願いしたからね~と言うと彼は安心したようでした。


私がまたベッドの横の椅子に座ると、
彼がまた私の膝の上に手を置きます。
私は彼の手を握ります。


今までもお互いを思いやり、
お互いを心配して、
お互いを気遣いやってきました。
もちろん、ケンカや口論になることは多々ありましたが、、、
それでも、やはり私達は相手を尊敬しあい、尊重していました、、、


でも、この日はいつも以上に
お互いがお互いを思いやる気持ちが通じ合ってる感覚がありました。


繋いだ手から、
お互いの不安が相手に流れ、
そしてそれが安心となって戻ってくる感じ、、、


2人とも、すごく心安らぎ、
暖かい陽射しのせいで眠くなってきました、、、
彼は私の手を握ったまま寝てしまいそうです。
うつらうつらしています。
とても穏やかで気持ちよさそうです。


ふと、サイドテーブルを見ると、
手付かずの
栄養ドリンクとゼリーが置いてあります
、、、
お昼に出てるものです。


あぁ、あれすら食べれなくなってしまったのかぁ、、、
このままじゃ体力が持たない、、、
困ったな、、、





18階の彼の病室から見える景色は
緑が青く、
空も青く、

そして繋いでる彼の手は温かく、

私はこのまま時間が止まってもいいと思いました、、、
決して状況は良くないのに、、、
それでも、気持ちよくて、暖かくて、
なんとも幸せな時間が確かに流れていました、、、






vol.522 5月11日~最後の幸せな時間~




朝、起きて珈琲を飲むためにお湯を沸かします。
その間、私は彼の写真に手を合わせ線香をあげて、おはようと挨拶をします。
沸いたお湯で2杯の珈琲を落として、
彼の写真の前に置きます。
よく、彼が珈琲を入れてくれたことを
思いだします、、、

それから、少し彼の写真の前に座り、
珈琲を飲みます。
ゆっくりと。
この5年、家に彼の写真があるのは初めてのことです。
1度飾ろうとして、彼に怒られました。
「普通の女の子みたいに彼氏の写真を飾ろ うとなんてしないで!」
と。。。



「今日から仕事なんだよ。
行かなきゃいけないかな、、、
行きたくないよ。」

彼に話しかけてみます。

「あらあら。
早く準備しなさいよ?」


いつもの様に答えて欲しいのに。


私は化粧をして、
服を着替えて、
少し肌寒いので、彼がすごく褒めてくれたジャケットに手をかけて、、、


涙が溢れだします。
はぁ、、、また化粧のやり直しです。
この繰り返しです。
私の周りは彼の思い出ばかりで、
何をするのも彼の面影がついてきます。
というか、「ここ」に常にあります。

彼の褒めてくれたジャケットは、
太い黒色と白色のストライプのジャケットです。
アパレルで働いてるということもあり、
私のファッションをいつも楽しみにしてくれていました。
特に奇抜なアイテムを好んでいました。
そう、「普通の女の子」ではない私を望んでいました。
彼と付き合いだしてすぐ、ショートヘアーにしてよと言われ、ずっと伸ばしてた胸の下まであった髪を切りました。
金髪も彼が勧めました。約3年もの間、私は金髪でした。見つけやすい!!と彼は喜んでいました。長さも、もっと短く!といつも言われていて、私はまるでキンシコウのようでした。
昨年黒髪に戻した時は残念がられてしまいました。


彼は私に「普通」を許しませんでした。
見た目も考え方も。
今考えると、
病気の自分の彼女として、強い女にしていこうとしていたように思います。
これからの想像を超える闘病生活に私が参らないように仕向けていたのではないかな、、、期待に添えなくてごめんなさい。
私は弱い普通の女だね。


久々の仕事は山の様に溜まっていました。しかし、私は全くやる気が出ず、
しかも油断すると涙がすぐに溢れてきてしまい、、、
周りにバレないように、その度にトイレに駆け込まなくてはいけません。


仕事復帰は早かったと、、、
深く後悔して、早々に切り上げ彼に会うため、彼の実家に急ぎます。
彼のお骨は実家にあります。そして、彼もきっとあそこにいます。
やっと帰ってこれたんです、、、
いつも4人で囲んでいたあの食卓が大好きだったので、、、
あそこで待ってくれてるような気がして。


彼のお母さんがご飯を準備してくれていました。温かい鍋です。
彼が大好きだった鍋でした。




その日、私は仕事を休み、彼の病室に向かう準備をしていました。
彼からのメール。
「飯食えないから、何もいらないから少しでも早く来て」と。

私はいつもより2時間繰り上げ急いで家をでました。
彼の喜ぶ奇抜な服で。
真っ赤なフレアスカートに、白地に黒い大きな水玉のトップスで。
彼は水玉を好んで着ていました。だから、私もよく着るようになりました。

彼が完全に何も食べれなくなったことは、
前日看病していたお母さんから既にメールはきていました。

お母さんは平日毎日彼の看病に病院に通っていました。
私は平日は仕事終わらせてしか病院に行くことができず、お母さんのお陰で仕事に打ち込むことができました。
お母さんのお休みは、私が仕事が休める日曜日。
そうやって、お母さんと交代でやってきました、今までずっと。
仕事が忙しく、ほとんどお母さんに頼っていたこと、本当に申し訳なく思います。
私も出来るなら毎日彼の側にいたかったですが、仕事がある以上無理なことです。


いつもはグルメな彼のために、
まずは隣の駅のデパ地下へ行き、値段関係なくとにかく彼の喜びそうなモノを片っ端から買い、両手いっぱいの荷物で30分電車に揺られて病院に行くのが最近の私の休日でした。


スイカを初めて買って行ったときは、まだ8分の1で2000円でした。
それはそれは喜んでくれました、、、
他にも、
パイナップルやメロン、ビワ、チェリー、、、
とにかく果物は喜んでくれるので、買い漁って届けていました。


あとはお寿司。
お寿司だと、ご飯もちゃんと食べてくれるので高くても新鮮なネタのものだけを選んで買って行きました。


しかし、遂に何もいらないからと言われてしまい、、、私は不安で病院まで急いだのを昨日のことの様に思い出します。


きっとかなりキツイんだろうな、、、と私は悩みました。
何か彼の気分が晴れるようなモノはないかと、、、


そして、久々に彼の好きなメンズのファッショ誌を買って行くことにしました。
もともとオシャレ好きな彼です。
これを見ながら、退院してからのことを話そう!!!
そう思い付き私は駆け足で本屋に行き、彼の好きなファッション雑誌を急いで買いました。


よし!!
これで彼は気分が少し紛れるはず!

とワクワクしながらその雑誌を抱え、
病院の最寄りの駅の階段を子供の様に駆け上がりました、、、
年甲斐もなく。



彼の喜ぶことをこれからもたくさんしたいと思っていたのに、、、
それが、私の幸せだったのに、、、
いくら仕事をしても、お金を稼げても、
もう何の意味もないんです、、、


どうして、私を置いて行っちゃったの、、、
ごめんね、あなたの期待に添えなくて。
私は弱っちぃ「普通」の女だね。
ごめんなさい。


本当にごめんなさい。








vol.521 天国に向けて~





はじめまして。
ジョカノです。

私がこのブログを書いてるということがどういうことか、、、



お察しの通りです。





彼は
5月12日
17時24分
逝ってしまいました。



お通夜、告別式と全てが終わった今、
彼からの最後のミッションに取りかかることにしました。


私は彼がこのブログをしていることは
全く知りませんでした。
彼のお母さんが偶然見つけ、ご両親は知っていたようですが、、、


そして彼が遺言書を書いていたことも知りませんでした。
彼が逝ってしまった翌日13日、
彼のご両親から彼の遺言書を渡され、
横たわる彼の前で読ませて頂きました。





遺言書の日付けは昨年の8月7日となっていました。
ご両親が困らないように事細かなことが書いてありました。
銀行口座や株のことなど、ありとあらゆることが事細かに。
10枚を超える遺言書でした。

他には
お葬式はしなくていい、
戒名はいらない、
とにかく手間をかけさたくないと。
ただし、全ては両親に任せると。


そしてこのブログの事も。
「こんなブログでも読んでくれていた方はいるので、自分が死んだ報告とお礼を代わりにしてほしい」と。

そして頃合いを見て閉鎖して欲しいと。


彼の遺言書を読んで感動をしました。
それくらいの完全で完壁な遺言書でした。
さすがというか、なんというか、、、


そして同時に悔しさ、悲しさ、淋しさ、不安、孤独、怒り、、、
負の感情の全てという全てに押し潰されそうになりました。
彼がこの世にいなくなったことが信じれない私に引導が渡された気がしました。


彼がいなくなってからのこの一週間、
所々自分の感情や記憶がコントロールできていません。
実はこの直後のこともあまり覚えていません。
彼のご両親や自分の母親も側にいましたし、何気無く話をしているはずなのですが、奈落の底で絶望の中にいた私は彼の遺言書を読んでる現実から目を背けたくて仕方なかったのだと思います。





彼の亡くなる前の日、
私たちはこうしてずっと手を繋いでいました。
彼の手は大きく、
私を取り巻く全ての問題を消すことなんていとも容易いほど温かい。
私の大好きな手です。


この手をずっと握っていたかった、、、
でも私の手を握り返してくれる彼はもういない、、、
私はこれから1人なんだ、彼はもういないんだと思うと、息をするのも迷います。


この5年、私は彼が全てでした。
彼のために生きていたのだと、
私は彼に生かされてたのだと思い知らされました。


病気の彼といると、

「えらいね、彼を支えて~」

というようなことを言われることが多く、
彼のご両親にもいつも感謝され大切にされてきました。




でも、本当は違います。
支えられてたのは私のほうでした。
彼のおかげでここまで仕事も打ち込み、
評価され、自分の地位を掴むことができました。
そして、ご両親にも実の娘のように面倒見てもらい、助けられ、可愛がって頂けました。
私が東京で1人頑張れたのは全て彼のおかげです。


だからこそ、今、私はこの先どう生きていけばいいのかわかりません。
毎日このブログの中の彼に会いにくることが唯一のシアワセです。

彼にはこのブログを閉鎖するように言われましたが、もう少しお付き合い頂けますか?


彼の最後をちゃんとお伝えしたいという気持ちと、
彼のミッションをずっとやっていたいという気持ちで、
これで終わらせたくないのです。


自分の気持ちを整理する場所はここしかないと思うので。。。























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