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ワタシはカラダをテツガクする

病気が集まってくるカラダを自慢している。 生きてる以上テツガクするしかないね。めんどくさいけどね。

Vol.72 「納得」って、どういう感情か?

納得してるんじゃん。


一つ前の記事の通り、

明日病院に帰りまして、明後日からCODE療法を開始します。


これまでで一番キツく、かつ効果は一番期待出来ない治療になるでしょう。

ギャンブルですわ。

ギャンブル・ランブルですわ。。。


しかし、やるしかないのです。



ワタシは不安です。



なぜ不安なのか?・・・



それは少ない可能性に賭けているからです。

期待をしているからです。



期待しているからこそ、そうならないことが不安です。


結果に期待しなければ、今の不安からは解消されると思います。




結果に執着する程に心は縛られ、同じ大きさの不安に苛まれるんです。


ワタシは人生の中でそれを学んでから、そういう不安が嫌なので、なるべく物事への執着を捨てるようにしてきました。

良い意味で、です。


「うまくいかなくても、いいか!」


という感じに構えると、不安が消えて、「今」に集中できます。




しかし、病気との関わりにおいては、なかなかそう簡単には行きません。


治療において、

うまくいかなくても、いいか!

と思うことは、

死んでも、いいか!

になっちゃいますから、コトがデカ過ぎます。




ジョカノ「ワタシは納得しているのね?」


ワタシ「納得するも何もやるしかねーし。」


ジョカノ「じゃあ納得してるんじゃんよ。」


ワタシ「え、そうなの?」


ジョカノ「そうだよ。」


ワタシ「・・・・・」



昨日、こんな会話をしましたが、

納得、

ってどういう感情でしょうか?・・・


ワタシハワカラナイ・・・



今回のCODE療法をやるにあたり、

積極的に、自ら進んで理解に努め、そして理解し受け入れて、さらに自ら望んで、行動する、

みたいな、ワタシの思う「納得」のイメージの感情は全くありませんね。

これまでの治療もそうだったかもしれません。。。


でも今回はワタシなりに冷静に判断した結果、

仕方ないが今はこれをやるしかない、

と決めました。


ジョカノが言うようにそれが「納得」ならばそうかもですね。



まぁとにかく不安なんです・・・

でも効果を信じないと、ワタシ自身がまず。


効果を信じて期待する分の不安とも付き合うしかありません。




結局ワタシがやることは効果を信じながら、心身共に体力をつけとくことだけ。



だから好きなモノ食べる、ってことで、今日の晩飯はウナギたべましたよ。


不安だけど、今は今に集中して気持ちを落ち着けることですね・・・


おわり

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Vol.71 今後の治療は不安だらけ

うん、やります、それ。


入院中の先週25日に今後の治療についてのカンファレンスを両親を交えて主治医と行ったんです。


これまで3コース行ったADOC療法でしたが、一度はかなりいい感じで腫瘍が縮小したものの、残念ながら今月4月初旬のCTにて再び大きくなっていることが確認され、治療の見直しが必要となっていました。

同時に悪化していた筋炎の症状も落ち着いてきた為、再び胸腺腫の治療を再開しよう、ということです。


また、4月初旬に続いて、4月下旬にかけてもCT及びMRIを撮っていたのですが、新たにMRIを見ると、既存の腫瘍が大きくなっていることに加えて、脾臓近くの腹膜へ浸潤している所見も見られる、ということでした。


参りましたね・・・お腹に浸潤していくのはやべ~ですよ・・・


今年に入って胸腺腫が勢いましている感じですかね・・・待ったなしですかね。


なんでかねぇ〜



今後の治療の大枠の方針としては抗がん剤で少しでも腫瘍を叩いて手術をしたい、ということです。

これは一環してワタシも希望しており、このことはB病院、および主治医も理解してくれており、それを共に目指しています。


そして今回提案された抗がん剤治療は、CODE療法という、ADOC療法と同様の4剤併用メニューです。


4剤の詳しい内容等はググると普通に出てくるので割愛しますが、実はこれ結局、4剤ともにワタシはすでに経験済みのクスリなのです。


主治医先生の提案の主旨はこんな感じです。

「組み合わせと、投与量、スケジュールを変えることで効果が出る報告もあるので・・・」

「これに賭けてみたい・・・」

まあ言っていることは存分に理解できますよ・・・


もうワタシは胸腺腫発覚後通算4ライン目の抗がん剤、治験は別として新しく試せるクスリが無いことは何となく分かっていました。

でも、ほんの少しだけ、ワタシも知り得ない、B病院オリジナルの療法を提案してくれるのではないかと、淡い期待をしていましたがね・・・

そんなウマいことはなく・・・


このCODE療法はこれまでの抗がん剤投与のように、骨髄回復の様子を見ながら3~4週間ごとに繰り返す、というモノではなく、当初から骨髄抑制に伴う白血球減少など、諸々の副作用を補う薬を投与しながら、なんと毎週連続9週間繰り返す、というかなり過酷な治療です。


いや~・・・



心配・・・・



不安・・・



怖い・・・



使ったことのある、しかも過去にはワタシには大して効かなかった抗がん剤ですから、いくら「使い方」を変えたからといって、効く可能性がかなり薄いことは容易に想像できます。。。

しかも、これまで経験した抗がん剤治療と比べ、ワタシのカラダへの副作用の負担は格段に大きいでしょう。


ワタシの胸腺腫がワタシの胸の中で、

「そんなん効かねーしー、前やったしー、バカだしー、まぼろしー、」などと言っている気がしてならないです。





「うん、やります、それ、御願いします。」


しかしワタシは結局その場であっさり同意書にサインしました。

副作用をカバーするために実施する可能性のある輸血などの同意書にも、予めサインを求められましたが、ろくに読みもせず全部サインしました。

明後日、5月2日から投与開始です。




結局やるしかないんですよ。

ヤケクソではありません。

いや、少しヤケクソかもしれませんが。


現状採用できる治療法が少なく、今回主治医が言ったように、どんな治療を選択しても結局「賭け」になることをワタシは承知しています。


また、うまくいく可能性が0では無いし、こんな強力な治療は若く体力があるうちしか出来ないかもしれません。

少し前までは、長い目で見た時に出来る限り抗がん剤は使いたくない、と、以前のトラウマもありそう思ってましたが、若いうちしか出来ないかな、と思うことにしました。

いや、どっちが正解かは分からんですけど。


幸いワタシにはこれまでやってきた抗がん剤の副作用はさほど蓄積していません。

抗がん剤へのトラ・ウマを退治して、意を決して望んだADOC療法が効果無く終わってしまった傷は癒えないですけど、またやるしかありません。



ここで保留して他の治療方法を探すのは相当な労力です。

その場合、標準治療以外、ということになりそうですが、ワタシの意を汲んでくれる病院も探さねばなりません。

B 病院は、今の所は誠意を持ってワタシを診てくれている、と思っていますし、一応それなりに名のある大病院です。

ここの提案に反して、もっと良い治療法が他の病院で見つかるとも思えませんし、胸腺腫なんてもともと情報が少ないモノです。


それにそうしようとしても、その間にはワタシに過分なストレスが掛かるであろうし、筋炎やMGという不安をも抱えるワタシは満足に動くことは出来ず、胸腺腫含めて病状が今より悪くなる可能性も存分にあります。


いたずらに時間を費やすよりも、B病院の提案にワタシも賭けることにするのです。

やるなら早い方がよい、

その場で即決、ビジネスの基本!ではないけど。。。



手術を目指す、ということが本線ですから、原則9週間とは言いつつも、それにこだわらず適宜治療効果を見ながら主治医とは話し合うことになっています。


不安は山ほどありますが、やるしかありません。


仕方ない、のです。


効果を信じて、明後日からまた点滴するぞー!

頑張る!


おわり

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Vol.70 外泊は、切ないんだなぁ~

カネを使いてぇ~


今、外泊中ですが、ノンビリ過ごせております。

今日は初夏みたいですね。


病院から戻った金曜日の夜は家族で行きつけの蕎麦屋で食事。



分かりにくいけど、

左がしめ鯖!
真ん中のカモの燻製、劇ウマ。
右はチーズの天ぷら!

今月は筋炎で倒れたため、体重が落ちているので、少し太って病院に戻ろう、と、食べました。

ワタシだけノンアルコールビール f^_^;)

こんなウマい飯があるのに飲めないなんて・・・

まぁまぁ、今は無茶できまへん。


いや~、作りたての新鮮な食事ってのは良いもんですね・・・

病院の食事ではなかなか心は満たされません・・・


この後は最短でも2ヶ月入院予定だから憂鬱ですわ・・・



そして、

ジャーン!!


買いました・・・

パッド・アイですわ・・・

ついに。


いや、入院ばかりで、なんか買物がしたかったんすよね~

ストレスですかね・・・

莫大な差額ベッド代払っているんですけどそれではストレス解消にはならんですね。

洋服とか靴とか買いたいけど、入院ばかりで使う機会もないから、入院の時のオモチャ替りにと思って買いました。

カバーとか、他のモノも買ってさっくり5万円ほど散財。


画面デカす!

iPad触ったあとに、iPhone触るとすげ~小さく感じるのだ!(笑)

昨日はデカ画面でYOUTUBEばっかみてました。


いや~、いいオモチャですわ、大人のオモチャだわね。

あらやだ。



これを買いに昨日、ウチからバイク15分くらいの家電量販店に行きました。

バイクは危ないから辞めたが良かったんですが、徒歩やチャリより筋肉的には遥かに楽なんで・・・

それにバイクにもこれからしばらくまた乗れないし、久々ですからエンジン動かしてあげたかったし、天気よかったから乗りたかったんですね。


ジョカノにも後ろに乗って着いてきてもらいました。

気持ちいいドライブを楽しみました。

最高でした。



久々のフツウの日常を堪能しています。


今日は日曜日、両親は居間でテレビ、

ワタシは自室でボケ~と鼻ホジホジ。



少し前ならば、当たり前で平凡なこの日常が、当たり前で平凡ではないのが今な訳で・・・



昨日も電気屋からのバイクでの帰り道、そんなコトを思い少し切なくなりました。


ワタシの背中の後ろでジョカノも同じ切なさを感じていたはずです。


手から伝わる感覚がそう言っているようでした。


好天の中、バイクで走り爽やかな風を存分に浴びました。

久々に太陽にも当たりました。



うららかな春の陽射しと、初夏の気配すら感じさせる暖かな風があまりに心地よく、いつまでもこうしていられないことが逆に切なくて仕方ありません。

こんな日常は、あまりに今のワタシには美しすぎるのです・・・



イロイロごめんね・・・


ってワタシは心の中で背中のジョカノへつぶやきました。



さぁ、晩飯だー

おわり

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Vol.69 入院の必須アイテム

ヒゲはどこに溜まるの?


ジャーン!



入院の必須アイテム、電動シェーバーを親父におねだりして先日買って来てもらったのだ!

仕事の後、病院にくる前に、アキバに寄ってくれたらしい。


電動シェーバーは普段は使わないのだけど、入院中は非常にこれのが楽。

それに筋炎とかMGを抱えるワタシには手軽にイケるこっちのが勝手が良いので・・・

作業が少なく、首や腕が楽です・・・



自分で買えよ!って感じですけど、

親父に甘えて買って貰う、

ということに意味があったんです。

こういう男のアイテムは親父にね。




父親にプレゼント貰ったのなんていつ振りかな?

子供の頃以来??

何かを買ってくれ、なんて言った記憶もほぼ無い。



父親も俺のおねだりが嬉しかったはずです。

入院して俺が闘病しているように、父親も心の中で闘っています。


きっと無力感に苛まれているはずです。


これでワタシが入院を快適に過ごせば父も嬉しいはずだし、ワタシの役に立てた、と少しでも無力感を忘れてくれるかもしれません。


二人の絆の電動シェーバーだね。



いや、でも最近のはスゲ~それます(笑)

しかも、一昔前のと違って肌に優しいのなんのって!!

まったくヒリヒリせず、ローションなんて後から塗る必要ないっす。

久々電動シェーバー使ったからクリビツテンギョーですわ。

技術の進歩には驚くばかり・・・


嬉しくて、今鏡の前に行く度に剃ってます。

一日4回くらい(笑)


あ、

でもまたケモやるから、ヒゲ生えなくなるんだったわ(笑)


おわり



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Vol.68 今日から外泊

何を食べたいか?


今日から外泊です。

母とジョカノが夕方迎えに来てくれるので、そしたら帰ります。


体調も良く、筋炎の症状もかなり改善してきました。


本日の採血では、筋炎の目安になるCKという数字、また、炎症反応を示すCRPという数字は正常値になっていました。

筋炎に伴って悪化していた肝機能も正常値に近いくらいに回復してきました。


カラダの筋力は、もちろん完全ではないですが、日常生活を苦なく送るくらいには回復しています。

呼吸筋の回復も良く、もう少しで呼吸器無しで寝れそうです。

しかし、無理する必要は無いので、今日は今病室で使っている呼吸器を借りて自宅に持っていくこととしました。

これがあれば死ぬことはないので安心(笑)


この感じならば、自宅にいる間にはさらに回復出来そうです。


体調良いと調子に乗りがちなワタシなので、今回は自重しておとなし~くしていようと思います。


久々の我が家、母から何を食べたいか?聞かれてますが、以外に食べたいモノって思い浮かびませんよね。

でも、

何でも良い、

だと母を悩ませるので、夕方までには考えます。


このまま順調に回復して、万全の状態で来週からのケモを迎えたいです。


おわり



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Vol.67 過去の扉(エピローグ)「仕方ない、の意味」


仕方ないよね・・・


一気に駆け足で過去を振り返りました。

病気が発覚して早3年・・・


イロイロ、と簡単に片付けられないくらいイロイロありました。


当初は頻発に、

病気じゃなかったら、こうしてたかなぁ?とか、

あんなことやってたかなぁ?とか、


逆に、

病気じゃなかったら、これは出来なかったかなぁ?


とかとか、

「病気じゃなかった場合のワタシ」

と、

「病気のワタシ」

を比較したモノです。



これまで幾度となく大喧嘩を重ねてきたジョカノともそういったコトで喧嘩したこともあります。


「病気じゃなかったらどうしてた?」

「病気に甘えてんじゃない?」


そういうジョカノに対し、


「病気じゃない俺は存在しないんだから、比べんじゃね~よ!」


とか言って・・・www




今となっては、病気じゃなかった場合を想像することは無意味であることにも気付き、タラ・レバを思うことも大分減って来ました。

たま~に、病気じゃない健康な、自分と同世代の、のほほんとしてる人々見ると、自分と比べちゃってなんだか悔しくなりますがねwww

ワタシもまだまだですかね。




仕方ない




これは決して悲観的に使っているつもりはありません。



目の前の事実は時には残酷で受け入れ難いモノだったりします。


でも事実は変わりません。



仕方ない、仕方ない、



と、事実を受け入れて、今を生きていくしかないです。



いや、でもそりゃ、感情的にそうも言ってらんないコトもありますよね、、、

震災で家族を失った人に、

仕方ない、

などとは言えません。


無免許少年の車に家族を引かれた人に、

仕方ない、

とは言えません。。。



ワタシの病気は、自分でなんとか、

仕方ない、

と言えるレベルです、今のところ。



過去の扉で振り返ったワタシは変えることは出来ません。

ワタシはこんな自分を予期してませんでしたし、望んでもいませんでした。



でも、病気じゃないワタシ、

はもう存在しないのです。



だったら、



仕方ない、仕方ない、



受け入れて、

「今」からを、

淡々と、

生きるしかないですね。




頑張りますかね、


淡々と、仕方ない、仕方ない。

おわり



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Vol.66 過去の扉(28・最終回)2012年4月「仕方ない」

手術は・・・出来ない・・・運命なんだね・・・


さあ、いよいよ!!

一部4月以降に書いた記事と内容重複しますが、再度簡単に整理して過去の扉シリーズの最終回とします。


3月末に入院し、カンファレンスにてその後の手術の調整まで見えてきたワタシでした。

4コース目の点滴は週明け月曜日からとなる為、そのカンファレンスを終えて必要な検査をした後は、週末外泊となりました。


ところがどっこい、、、


またしても外泊中、正確に言うと、外泊から病院に戻った日曜日の夜、まさに明日から4コース目点滴、という時に、高熱が出てきたのです・・・


そして腫瘍のある左胸に今までに無い痛みが・・・


熱以外の風邪の諸症状は無く、肺炎が疑われましたが、真相は闇の中で、抗生物質を点滴した後、この熱はまた数日で引きました・・・


またしても腫瘍熱ですかね・・・


あっけなく、月曜日開始予定の抗がん剤ADOC療法4コース目は延期となり、熱が下がってから再開しようとなりました。


しか~し、


またしても思いがけない事実が二つ、ワタシに立ちはだかりました。


一つは、なんと筋炎の症状が悪化してきてしまいました。

カラダの筋肉が弱まり、呼吸も日毎に苦しくなっていきます。

熱は下がっていましたが、抗がん剤どころではなくなってしまいました。


チ~ン・・・


1月に実施したグロブリンをまたやります。


そしてもう一つ、

やはり腫瘍が大きくなっていました。

しかも、ADOC療法が奏功し、これまで小さくなっていたモノが、それが全て帳消しになってしまうくらい大きくなっていました。。。

時間が戻された感じです。


今回はかなりの高熱と、腫瘍のある左胸の痛みがありましたから、その時に一気に大きくなったのだと、ワタシは思っています。

それで再度また筋炎の症状も勢いを増してしまったと・・・


結局、ADOC療法も、3コース目辺りにはもう効かなくなっており、今回、抗がん剤が抜けてきたタイミングで胸腺腫の威力が増してきた、とも考えられます。

主治医もそう言っていました。


ステロイドは今回、1ミリ減らしただけですから、それが影響している、とは思えません。。。


いずれにしてもADOC療法は中止となり、筋炎の症状をまずコントロールしてから、その後の対応を協議しよう、となりました。


4月半ばにA病院に手術の話をしに外来に行く予定でしたが、筋炎の為にそれどころでは無くなってしまいました。。。


またしても手術が見通せなくなりました。

これで3回目です。

3度目の正直でしたが、3度目の断念です・・・


どうも、手術に向かおうとすると、

熱が出て、

腫瘍が膨らみ、

筋炎や、MGが現れ、

手術が出来なくなる、


という負のスパイラルにハマってしまっています。

これにプレドニン減量もタイミングとして絡んでいるので、何かあるのかもしれません。

プレドニンにも腫瘍の腫れを抑える抗炎症作用がありますから、これを減量すると、それまで抑圧されていた腫瘍が元気になる、といったことがあるのかもしれません。

まぁでもどれも憶測の域を出ないですが。

でも何かしら関係あるはずです。

同じパターンで続いてますし。


今回はショックでした・・・

1月に筋炎になり、2回続けて手術のスケジュールが飛んだ時もショックでしたが、今回もまたショックでした・・・

それに、もう二度とやりたくないと思っていた抗がん剤に断腸の思いでチャレンジし、効果が一時的にはあったものの、結局また悪化してしまったことも、ワタシにショックを与えました。。。

マジで毛が抜けただけで終わった感じですわ・・・

ハゲ損です・・・

今もショックを引きずってます・・・


仕方ないですね・・・


なかなか手術ができません (>_<)


そういう運命なのでしょうかね・・・




「仕方ない」


よく、ワタシは口にします。

この過去の扉シリーズを書く中でも思い起こされましたが、闘病は、

「仕方ない」

の連続でした。


ワタシのこれまでの闘病を一言で表現するに最も相応しい言葉かもしれません・・・


これからはどうなるかな・・・




はぁ~・・・

「仕方ない」ですねw


それでも頑張っていかなあきまへん!




とりあえず再度グロブリンの点滴で筋炎を抑えて、今後はそれから、となりました。

1月の時とおんなじです・・・



そして、今現在ですが、

4月の初旬から中旬にかけてやったグロブリンの点滴、

および再び19ミリから30ミリに増やしたプレドニンの効果もあり、筋炎は沈静化しつつあります。



と、

熱が出てから筋炎の経過のことは4月以降の記事でこのブログにも書いていますのでよろしければご参照ください。


筋炎の症状も今週になってかなり沈静化してきた為、今後についてのカンファレンスを昨日、4月25日に主治医と行いました。

結論、また5月に入ったら違うメニューの抗がん剤をやることになったのですが、この事は詳しくまた記事にします。


その5月からの抗がん剤に備え、いったん明日外泊で家に帰ります!

一ヶ月ぶり!!

やったー!

やった、やった!!



ということで、ようやく過去の扉シリーズ終わりました・・・

長々すいませんでした m(_ _)m

また大事なことを思い出したら適宜追記します。


はぁ疲れたw






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Vol.65 過去の扉(27)2012年3月「3度目の正直」

今度こそ、A病院へ行くぞ・・・


さあ、現在に繋がりつつありますが、整理の意味も踏まえ続けます。

間もなく完結しますよー!!

もう少し!!


さあ、ADOC療法を2コース終えて、2ヶ月振りに退院した後、再び3コース目の為に入院します。

なんか病棟のフロアが前回と変わりました。


フロアによって看護師さんのやり方など、それぞれ文化があるらしく、なんか違和感でした・・

まぁまぁ・・・



3コース目は引き続きなんなくこなしました。

なんか、副作用はコースを重ねるごとに軽くなっていく感じです・・・

効いているのでしょうか・・・

まぁまぁ・・・


予定通り3コース目を終えて、また一度退院して、4コース目の前、3月末に再入院となります。

この3コース目を終えて、自宅に居る間にこのブログを始めたことになります。


いや~、ようやく時が繋がりました。。。


ついにドッキングですw



そして、この4コース目の入院の初日に、今後についてのカンファレンスをまたやることになりました。



そして、3月末、予定通り入院しカンファレンスです。

ポイントは手術のタイミングになります。


それに当たっては、まずB病院か、A病院か、どちらで手術をするか、という話が依然としてあります。


MGや筋炎といった胸腺腫以外の不安要素を抱えるワタシはB病院で一気通貫の治療をするに越したことはありません。

B病院の呼吸器外科の見解としては、やはりワタシの手術に否定的です。

手術をするとしても、左肺を全部取ることになり、それも癒着の状況によっては手を付けられず、すぐに閉じなければいけないかもしれないよ、とのことです。

いずれにせよ、積極的に手術をすることはオススメしてくれていません。


逆にA病院は、というと、やはり手術をするとしてもB病院の見解と同じく、左肺ごと拡大して摘出することが理想ではある、とのことです。

ただし、左肺を極力温存しながら、取れる部分だけ取る、縮小手術も有りではないか、ということです。



ワタシは左肺を全摘するのが嫌です。

それをしてはいけない気がするのです。

左肺は残念ながら腫瘍まみれですが、一応機能はしてくれています。

片肺はリスキーです。

この考え方は、初回の手術を受ける前の時と変わってはいません。


とりあえず、片肺を全摘するもしないも、ワタシはA病院で手術する道を選ぶしかないようです。


B病院に入院しているワタシでしたが、ここの呼吸器内科の先生方や、神経内科T医師が、色々とワタシの治療方針について、A病院のY医師やH医師と協議をしてくれています。


これはありがたいことです。

恵まれてますねワタシは。


感謝感激雨嵐です。


今回もA病院で手術を調整するに当たって、一度今行なっているADOC療法4コース目が終わった4月中旬の段階で、Y医師、H医師の外来に行くことにしました。

それぞれの先生と話をして、手術を具体的に決めようということになりました。

そのA病院の外来のスケジュールも、B病院T医師が調整をしてくれました・・・

そんなこともしてもらってます・・・

なんかお手数かけてすんません・・・

ほんと良くして頂いてます m(_ _)m


B病院の呼吸器内科の先生の意見としても、手術はもちろんワタシさんの納得する形でやるのがベターなので、A病院でやることに賛成してくれました。


実は、手術の実施数なんかは圧倒的にA病院のが多く、経験豊富です。

それに、いかんせん一度ワタシを切ってくれているH医師がやってくれるにこしたことはありません。

B病院の呼吸器内科の先生もそのようなアドバイスをくれました。


4コース目が終わり次第、A病院の外来に行きますが、そこで直ちに手術が出来る訳ではありません。

そのため、状況次第ではありますが、最大で6コース目までADOCをやろう、ということになりました。

その間にA病院とも調整し、抗がん剤治療から手術へのリレーを最適にしよう、というモノです。

幸い副作用も蓄積しておらず6コースは問題無いだろう、との判断でした。


もう一つ、手術に向けては常用しているプレドニンの量が気になります。

出来る限り減らしたいところです。


ワタシはこの時点においては、筋炎とMGの症状はかなり改善していました。

11月にMGに気付く前よりも良いくらいでした。


ADOC療法が今のところ効いており、腫瘍が小さくなっていることで、胸腺腫が勢いを無くしている、

また、1月に実施したグロブリンの効果が持続している、

などが理由として考えられますが、体調はすこぷる良好でした。


その為、1月に筋炎で倒れ30ミリにまで増やしたプレドニンも、この時点では再び20グラムにまで上手いこと減量していました。

手術に向けては可能な限り減らしたいので、ここから更に減量することとしました。


しかし、MGや筋炎を抑えるに、この20ミリのラインは微妙なラインらしく、T医師の判断で、ここは慎重を機して1ミリづつ減量することとし、手術には15ミリ程度で望めれば、ということにしました。

確かにこれまでプレドニン減量は、10月の時も、年末年始の時もことごとく失敗しています。


しかし今回は、1月に30ミリに上がってから、再度20ミリにするのに、10日間程度ごとに2.5ミリづつ減量して上手くいっていました。

さらにここからは慎重を機して1ミリづつです。

まぁ20ミリがポイントとなるライン、とはいえ、今回は大丈夫だろう、と思いました。


さあ、4コース目点滴の前に、その後のA病院の外来のスケジュールも見え、手術に向かう道のりがある程度見えて来ました。

プレドニンの減量プランも決まりました。


手術の調整は3度目の正直です。

なんとしても手術に、A病院に、再び戻るぞ!!

とワタシは決意も新たに4コース目の点滴を迎えるのでした・・・


つづく



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Vol.64 過去の扉(26)2012年2月「抗がん剤をまたやる」

やるしかないのね・・・


筋炎に倒れ、緊急入院したワタシはガンマグロブリンの点滴を受けました。

症状は悪化の一途でなかなか辛かったですが、グロブリンの点滴が終わった後から回復をし始めました。

最悪の症状の時期も一週間程度で脱したので、ギリギリ精神的にも大丈夫でした。


力も徐々に戻り、病室での生活は苦の無いレベルになって来ました。

1月の中旬に入る頃に緊急入院をしましたが、2月になる頃には呼吸器に頼らなくてもなんとか生活できるレベルにまで回復しました。


その間、プレドニンは結局30ミリにまで増量し、それの効果もあってか筋炎をなんとかコントロールしていました。


そうなると、次のステップとして、諸悪の根元たる胸腺腫をどうするか考えなければなりません。

ワタシは手術のスケジュールが2回も飛んでしまったことにそれなりに参っていました。。。


なのでなんとか手術をしたい、と思っていたのですが、当初手術をしよう、と決めたのは10月です。

すでに4ヶ月以上経過してしまいました。


腫瘍の状況も当時より悪く、依然としてこのB病院の呼吸器外科は手術に否定的です。


かといって、A病院に行こうにも、現状のステロイド30ミリの状態ではリスクもあり、またステロイド減量を待っていたのでは時間も空いてしまうし、その間にまた筋炎やMGが再燃してしまうリスクも過分にありました。

神経内科の機能が無いA病院では筋炎やMGのフォローアップも出来ません・・・

筋炎とMGがあるワタシは、全身麻酔の手術はリスクがつきまといます。


B病院の見解としては、抗がん剤を試し、腫瘍を少しでも縮小させて手術の道を探る、というモノです。

腫瘍が縮小すれば、その分、筋炎やMGの症状も改善が期待できる、ということで、その上で再度手術の道を探ろう、ということです。


迷いました。


抗がん剤が効いたためしが無いワタシにはトラウマです。


しかし、今の状態でワタシが望む手術が出来ないことはワタシも理解していました。

例え強引にB病院を出て、A病院に駆け込み、手術をお願いした所で、すぐに出来る訳もありませんし、その手術を待つ間にも腫瘍が悪化し、癒着が進み、手術が不可能になる可能性もあります。

それにその間にMGと筋炎が悪化したらもうA病院では対応できません。


結局、抗がん剤に賭けて、手術の調整をする時間を稼ぐしかありません。


ちなみに、放射線治療もワタシは難しい状況です。

播種しており、目立つ腫瘍だけでも複数ありますから、放射線当てるとしても左胸全体に放射しなければ治療にならず、またそれをやるとしても左肺が副作用でやられてしまうこととなり、それはリスキー過ぎる、とのこと。

これは2009年の胸腺腫発覚当初からこれまで一貫してそう言われております。。。


ということで・・・


やるしかねぇ~っす・・・


抗がん剤を・・・


チ~ン・・・



まぁでもやるからには切り替えて、前向きにやらねばなりません。

過去にやった抗がん剤治療は、ワタシは惰性のままなんとなく行い、副作用の吐き気に心折れ、嫌々やっていました。

その反省を生かすべく、とにかく前向きにやらねばなりません。

腫瘍が縮めば、手術の道も開けます。


とにかく、

前向きに、

効果を信じて、

やるしかなかったのです。



ということで、B病院にてそのまま抗がん剤治療に進むことになりました。

丁度2月になろうとしていました。


やることになったのは、一般的に胸腺腫で採用されているADOC療法です。

これもご興味ある方はググッてくれれば出てきます。


4剤使いますが、前回、吐き気で悩まされたシスプラチンも入っております。

ワタシは吐き気に対して不安でした。

しかし、ワタシが以前やった2009年時からは、吐き気止めも進化しているとのことでした。

しかし、相当前回吐き気に苦しみましたから、それも半信半疑です。。。


いざ、初回の点滴に望みます。

イメンド、というその新しい吐き気止を飲み、抗がん剤に望みます。


初日にシスプラチンを入れるのですが、腎臓に悪いので水分を大量に点滴して薄めます。

そのため、初日の夜から早速、お腹が水分で膨れる感覚に襲われます。


抗がん剤の点滴は4日間続き、その後3日間、水分を点滴します。

計7日間の点滴を、骨髄へのダメージを見ながら3週間ごとに繰り返します。

4コースから6コースを予定します。


さあ、肝腎の吐き気ですが、初日にお腹がタプタプになりましたから、これは吐き気にまで発展するかな、と思いましたが、以外に大丈夫でした。

まぁ2009年にやった時とはシスプラチンの量も違いますし、吐き気止めの薬も違いますし、それにワタシの体質も変わってるのかもしれないし、

原因は良く分かりませんが、胃のムカムカには終始襲われつつも、吐いてしまうような不快感までには至りませんでした・・・

食欲はあったり、なかったり、しましたが、食べれなくなることもありませんでした。

よかった、よかった・・・

その他の副作用と言えば、便秘と、カラダのダルさくらいでした。


吐き気さえ無ければ、なんとか抗がん剤治療も乗り切れます。


1コース目が終わり、その他重篤な副作用も無く、骨髄抑制も想定内でしたから、予定通り3週後に2コース目を開始しました。


通常、抗がん剤のダメージは蓄積されていくイメージで、副作用もコースを重ねるごとに強くなる気がしますが、この2コース目は1コース目よりも胃のムカムカは軽くなっていました。

逆に抗がん剤の効果も無くなったのか?

との感覚にも襲われますが、これは効果を信じるしかありません。



2コース目を終えた後、ようやく退院の許可がおりました。

1コース目終了時では、初めて使う抗がん剤もあり、副作用が読めない為、大事をとって入院したままでした。



退院する前にCTを撮りましたが、なんと腫瘍がトータルで半分程小さくなっていたのです!!



よかったです。



とりあえず、出だしは好調、ということで、このまま更なる効果を狙って3、4コースと頑張っていくことにしました。

2コース目終了時には3月になろうとしていました。



1月に筋炎で倒れバタバタと緊急入院しましたから、約2ヶ月振りに家に帰ります。

また3コース目の為に、一週間後には病院に逆戻りですが、よかったです・・・


抗がん剤も効いている、とのことでしたので、あの命の危機を感じた1月のあの日と同じ服装ではありましたが、実に気分よくワタシは2ヶ月振りの自宅へと戻ったのでした・・・


つづく



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Vol.63 過去の扉(25)2012年1月「今度は多発性筋炎→胸腺腫の本性」

きゅ、救急車、呼ぶか?・・・


さあ、いよいよ2012年に突入です。

ラストスパートです。

ガシガシ書きますよ!!

現在のワタシも今、過渡期におり、書かなきゃならんことが沢山発生しているので、早いとこ過去と現在を繋げちまいたいです。

そうした方が現在の記事も書き易いし、分かり易いので。



MGのステロイド・パルス療法を終え、クリスマス前に退院したワタシは、年末までにB病院T医師の外来に行き、プレドニンを20ミリから15ミリに減量しました。

体調も良く、MGの症状もかなり落ち着いていました。

目が霞む複視の症状は無くなり、カラダの筋力こそ昔には遠く及びませんが、日常には何不自由なく、徒歩と電車を使ってB病院に1時間程かけて行く程度は全く苦ではありませんでした。

呼吸も苦しいこともありませんでした。


経過良好なことを踏まえてステロイドは手術に向けて可能な限り減らしたい、ということもあり、15ミリにて1月末の手術に予定通り向かうこととしました。


ところが、丁度大晦日から元旦にかけて、また熱が出てしまったのです。。。

大晦日、ワインを飲みながら笑ってはいけない~、を見ている頃、熱に気付き、倒れ、箱根駅伝もほぼ見れませんでした・・・

せっかく年末年始を家で迎えれたのに、ガチの寝正月になっちまいました。。。


この熱は数日寝てたら治りましたが。

またしたも風邪か、原因不明です。

先の10月の時もそうだったのですが、どうもステロイド減量のタイミングでワタシは熱が出るみたいです。。。


さらに悪いことは重なり、なんとMGの症状が年明け、その熱が下がった位から悪化し始めたのです。

腕の力が弱くなっていることと、呼吸が少しづつ苦しくなっていることに気付きました。


T医師からは、もしMGが少しでも悪くなってるな、と感じたら、すぐにプレドニンを20ミリに戻すように、と指示を受けていました。

ワタシはその指示を受け、直ちに20ミリに戻し、様子を見ました。


ところがどっこい、日に日に悪くなっていくじゃありませんか・・・

呼吸もなかなか苦しくなり、夜も満足に寝れない日が二日程続きました。

これはいかんです。


そんな苦しい夜が2日程続いた翌日、ついにB病院T医師の外来にワタシは駆け込むことにしました。


当日朝電話して急遽スケジュールを取ってもらってB病院に一人向かいます。


ところがところが、その日の朝、更にカラダの筋肉が劇的に弱ってきており、呼吸も薄くなっており、B病院に向け家を出たはいいものの、なんと満足に歩くことすら出来ません。

途中、地面に座って休まないと呼吸が苦しいのです。

少し休むと回復しますが・・・


これは今までのMGの症状に比べて格段に悪いです。


ワタシはこれはかなりヤバイと考え、途中で救急車かな、とも考えましたが、救急車呼んだ所で、説明するのはかなり面倒です。。。

また、家に引き返してもなす術がありません。

自宅の最寄り駅までなんとか辿りつけば、都心にあるB病院は駅すぐ近くなので、電車に乗って座りさえすれば何とかなりそうな状況でした。

昼間でしたから電車も座れるはずです。

座っていれば呼吸が途中で出来なくなることはまずありません。

この時のワタシは、一刻も早くB病院T医師のもとに辿り着くことがベストと考えました。


家から最寄り駅まで本来10分強なのですが、ワタシは途中、ガードレールに腰掛けて休むなどしながら、なんと45分程かけて、なんとか地元の最寄り駅に着きました。

一瞬、命の危機を感じたワタシは電車に乗り、すぐに両親にメールを打ちました。

おそらくこのまま入院になるのでは?という予感もありましたし、もしそうならなくても、一人でB病院から帰れる自信はありませんでした。

なので両親に可能ならばB病院に来てくれ、とSOSのメールをしました。


ワタシは駅のエスカレーターや、エレベーターを駆使して、徒歩を極力減らしてなんとかかんとかT医師のもとに辿り着いたのです。。。

かなり苦しそうなワタシを見たT医師は驚きながらも、それで全てを察してくれて、すぐに緊急入院の手配をしてくれました。

呼吸がかなり苦しい状態なので、最悪これより悪化した場合は気管挿管の可能性もある、とのことでした。


緊急入院はあまりに痛い出来事ですが、なんとかT医師のもとに辿り着き、命は助かる安堵がありました・・・

ふぅ~・・・


ほどなくして父親が、夕方になり、病室には入院の着替えなどを母親が持って来てくれました。


早速、レントゲンやら採血、MRIをやりました。


すると、新たな展開が待っていました。


多発性筋炎の所見があったのです。


MGと症状は似ているので分かりにくいのですが、どうやらワタシはMGに加え、多発性筋炎も発症しているようだ、とのことです・・・

どうりで・・・

ここに至るまでの悪化ぶりは、それまでのMGの症状とは異質に感じていましたから・・・

これらの病気は詳しくはググってもらった方が早いので書かないですが、両方ともに全身の筋肉が動かしずらくなる、国の特定疾患にも指定されている難病です。

ワタシの場合は両方ともに、おそらく胸腺腫が悪さをしている結果だろう、との予測です。

※この辺については、過去に、

この記事と、

この記事で、

多少書いていますので御参照下さい。


また、胸膜にある胸腺腫の腫瘍も12月のステロイドパルス後のそれよりも大きくなっていました。

やはり正月に出た熱は腫瘍熱だったようで、その時に腫瘍が膨らみ、胸腺腫が勢いを増し、筋炎をもたらした、と考えれば整合してしまいます。

年末にステロイドを減量しましたから、なんか関係あるのでしょうか? 10月の時と一緒です・・・

いかんせん呼吸が苦しい為、なんとかこの筋炎の悪化を食い止める必要がありました。

筋炎をより正確に診断する為には、実際に筋肉に針を刺して組織を病理診断するらしいのですが、悪化著しいワタシにそんなことする余裕は無く、直ちに治療を開始する必要がありました。


本来、筋炎にはステロイド・パルス療法が良く効くらしいのです。

しかし、MGをも抱えるワタシは、このステロイド・パルス療法をやると、一時的にせよ症状が悪化する為、筋炎かMGかが明らかに症状別に判別できない状態ではステロイド・パルスは危険、ということになりました。

確かに、この呼吸の苦しさが、筋炎のみならず、MGの影響も受けているとしたら、一時的に呼吸がさらに苦しくなるので、それはかなり危険です。

別の薬をすぐさまやることになりました。


γグロブリンという薬をやることになりました。

これは、健康な人の血液から作った、いわゆる血液製剤です。

これはラッキーなことに、MGにも筋炎にも、両方に効果がある治療だとのことです。

それなら安心でんなぁ。


ワタシのカラダには、胸腺腫が発していると想定され、MGや筋炎をもたらしていると思われる「悪い抗体」が蔓延しております。

要は、健康な人の抗体を大量にワタシに投与して、その悪い抗体を一時的に封じ込めよう、というモノです。
※いや、間違ってたら失敬です。ご興味あればググって下さい。

効果はまちまちですが、数ヶ月はこの点滴にて一時的に筋炎やMGの症状を抑えることが出来るようです。


緊急入院した翌日から早速その点滴を5日間連続で実施します。

その後は20ミリだったプレドニンを増量しながら筋炎を封じ込める、という作戦でした。

最終的にMGも筋炎もステロイドに頼るしかないんですね・・・



グロブリンの点滴をしている間も、ワタシの症状は徐々に悪化をしました。

グロブリンの副作用で熱も出ました。


結局、気管挿管までは免れましたが、呼吸をアシストする器械が無くては寝れない状況まで呼吸が悪化しました。

首の力を始め、上半身中心に劇的に力が無くなり、日中はほぼ呼吸器を付けて横になっていました。

トイレは自力に行けましたが、やっとこさです・・・

筋力が無い為、トイレに行くのも全力を出さねばならず、常に心臓バクバク、汗ダラダラです。

飲み込む力も弱まり、食事は満足に出来ません。

ヨーグルトとポカリとゼリー中心の食生活、補液点滴でしのぎます。



いや~、辛かったです・・・


ついに胸腺腫がMGや筋炎を連れてきて、その本性を現し始めました・・・


まったく・・・


それまで胸腺腫自体に痛みなどの不自由を感じていなかったワタシは大いに恐怖を感じたのでした。

当然のごとく1月末の予定だった手術は中止になりました・・・


つづく



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Vol.62 過去の扉(24)2011年12月「MGの治療と手術のリスケ」

リスクはあるけど大丈夫だろう・・・


さて、B病院にてMG(重症筋無力症)の検査です。

11月と12月の境目の時期にB病院の外来に2回ほど行き、筋電図といって、筋肉に電流を流す検査などします。

その結果、および血液検査などの所見も踏まえて、あっさりMGとの確定診断です。


胸腺腫の人のうち、3割が発症するとされているMGになっちゃいました・・・

過去の扉の初期にも書いた通り、胸腺腫が発覚した当時にはまさか自分がこれになるとは思っていなかったのですが、ついになっちゃいましたね・・・


引きが強いですね~・・・


ということで12月初旬から、これの治療の為にB病院へ入院です。


ワタシの治療プランは、

ステロイド・パルス療法というのを一度実施をして、それでMGをコントロールしながら、再度胸腺腫の手術に挑もう、というモノでした。


プレドニンをそれまでは経口で30ミリとかを服用していましたが、このステロイドパルスは、1000ミリを超えるステロイドを3日間連続で大量に点滴をする、というモノです。

ソル・メルコート?だったかな?そんな名前のステロイド剤を、プレドニン換算で1250ミリ、3日間連続投与です。
※正確には忘れましたので、間違ってるかもです。

ご興味あればググって下さい。ここでは割愛します。


特筆すべき副作用は無いのですが、これをやると一時的にMGの症状が悪化するそうなのです。


実際に点滴が始まりました。

抗がん剤のような吐き気などの副作用はありません。

ただ、二日目、三日目当たりに不眠と便秘になりました。

不眠はすぐ解消しましたが、便秘は5日程全く出なかったりしたので少し参りましたね。

下剤をどんどん増やし解消です。


そして、一時的なMGの症状悪化も想定通り見られました。


しかしそれも3、4日程で再び回復をし始め、ワタシは理想の計画通りのスケジュールでクリスマス前には退院が出来ました。

ステロイドパルスの点滴が終わった後は、再びプレドニン20ミリを毎日服用します。

その状態で手術に向かおう、との計画です。



しかし一つ問題がありました。

その後の胸腺腫の手術について、この入院中からB病院の呼吸器内科、および外科にも色々と検討をしてもらっていたのですが、結局B病院ではワタシの希望するような手術方法は採用していない、とのことだったのです。

ワタシが希望する、片肺全摘ではなく腫瘍をカラダに残すことを前提で実施する縮小手術的な手術は実施をしない、というB病院の呼吸器外科の判断でした。


出来れば、MGのこともあるので、神経内科のフォローも可能なB病院で全て完結出来れば良かったのですが、これはこれで仕方ありません。

病院には病院ごとの考え方があるのは承知です。


ということで、再びワタシはA病院で手術を受けるコトになりましたが、これの調整はT医師およびA病院Y医師が尽力してくれました。

ワタシがB病院へ入院中にT医師はA病院のY医師と密に連携をしてくれて、Y医師もA病院外科医H医師と調整してくれて、再度1月の末に手術を行うことに決まりました。

ステロイドを常用している状態での手術は、傷の治りが遅くなったり、感染症の危険もある、とのことでしたが、20ミリならなんとかギリギリ許容範囲だとのこと。

リスクはあるけど大丈夫だろう、

とのH医師のメッセージを、T医師が教えてくれました。


当初は12月初旬の予定でしたから、2ヶ月遅れの手術です。

その間に腫瘍が膨らんでしまっている不安はありましたが、嬉しいニュースが一つあり、入院中に行ったステロイドパルス療法により、胸腺腫が少し小さくなっていたのです。

ステロイドの抗炎症作用で小さくなったようですね。


手術が2ヶ月遅れましたが、腫瘍が小さくなったことで、そのタイムロスを穴埋め出来た、と思えたので気分的にも安定しました。


こうして何とかまた再度手術の
目処が経ち、クリスマス前にとり急ぎのMGの治療もこなし、年末年始も自宅で過ごせることとなったのでした。


つづく



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Vol.61 過去の扉(23)2011年11月「MG登場」

あ、これは、もしや・・・


さあ、今日は指の調子も良いのでどんどん書きますよー。


一ヶ月後に手術を控えたワタシは、プレドニンを減量しつつ、それまでの玄米菜食節制生活は多少緩めながらも続けていました。

ジムにも通い続けていましたが、なんか気乗りしない時は行かない、といった感じで、その日の体調と気分に合わせて緩~くやっていました。


一ヶ月後の手術に向けて、心とカラダの調整ですね。

無理ない範囲で外出もして遊んだり、それなりに楽しく過ごしていましたね。



そんな11月の初旬のある朝、ワタシは自分の目がかすみ、二重に見えてるコトに気づきます。

疲れ目かな?、といっても朝一ですし、寝不足でもありません。


これは数日続きました。


一日中、視界が二重に見えてる日もありました。

この間、ジョカノと映画を見に行ったりしたのですが、ワタシはもう片目を閉じないと、視界が二重で映画が見れない状態だったりしました。



こりゃおかしい・・・・



・・・・・



・・・・・



あっ!!!


これは、もしや・・・



思い当たるフシがワタシにはありました。


そう、重症筋無力症(MG)です。


この厄介な病気は胸腺腫とセットで語られることも多いですから、これの知識をワタシは多少持っていました。

その症状の中に、複視もあったはずです。


改めてワタシはネットを紐解き、MGを調べましたが、ますますワタシはMGであることが濃厚と感じました。


というのも、実は9月頃から、

あれ?なんかカラダがおかしいな?

という自体にいくつか直面していたのです。


9月の休職直前、丁度引き継ぎに追われて居る頃、ワタシは首がやたら重くなっていることに気づきました。

引き継ぎに当たっては大量の資料を残業しながらPCでガシガシ作っていたので、いつも悩まされている肩こりの延長で首にも疲れが溜まったのだろう、と、ごく全うな自己診断をワタシは下していました。

これは休職に入ってしばらくすると収まったりしたので、あまり気にしていませんでした。

たんなる、疲れ、だということで。



また、この時期ジムにも行き出したのですが、実は筋トレをしてみると、明らかにおかしい自体に直面していたのです。

腕立て伏せや、腹筋が数回しか出来ないのです。

これは明らかにおかしかったです。

しかし、ワタシは筋トレも数年振りであること、また、この時、玄米菜食生活にて、10キロ程体重が落ちていたので、当然筋力も格段に落ちただろうと思ったのです。

明らかにおかしい、と思いながらも、このような理由から、

でもこんなもんか、これからまた鍛えれば良いか・・・

などと思い、筋トレを続けていました。


また、呼吸がなんだか少し苦しいかなぁ?と思うこともあったのですが、それもあったり無かったりしたので、たいして気にしませんでした。



今思うと、MGの症状が出ているのに筋トレや、水泳までをもやっていたのですから、とても恐ろしいです・・・

ワタシは水泳中に呼吸筋が麻痺して溺れ死んでいても不思議では無かったです・・・

あぶねぇ・・・

だって首が重い時なんかは、あえてプールで泳いで肩をほぐして、その後ジャグジーに浸かれば首もスッキリするだろう!

とか思ってガンガン泳いでましたから・・・

無知とは恐ろしいコトですな・・・



これら首の重さも、カラダの筋力低下も呼吸の苦しさも、よくよく振り返るとどれも異常でした。

しかし、休職間際の引き継ぎの激務の疲れや、体重が落ちていたことなどがブラインドとなり、MGの存在には気付けなかったのです。



ようやく視界が霞む複視の出現によりMGの疑いを持ったワタシは11月の中旬になる頃に、Y医師の元に駆け込み、実はMGっぽい、ということを相談しました。

このA病院には、重症筋無力症を診れる神経内科は無いのですが、運よく、週に一回、他のB病院から神経内科医師が派遣されて外来をやっている、とのことでした。


早速日を改めて、神経内科医師の外来にいきます。

登場するは、これまた今現在に至るまで大いに世話になっている神経内科T医師です。


簡単な筋力テストや、問診をした所、おそらくMGであろう、とのこと。



MGの治療にはプレドニンを使います。

ワタシは今回再発時の7月からプレドニンを飲んでおり、10月にかけて減量をしていました。

そのため、胸腺腫の治療の為に飲んでいたプレドニンが、それ自体MGの症状の緩和にもなっており、今回プレドニンを減らしていく過程にて、複視など、また新たなMGの症状が出てきてしまったのでは?

とのことでした。

9月頃から感じていた首やカラダの筋力や呼吸の違和感は、プレドニンを
服用していた為、本来よりは軽いモノで済んでいた可能性があるとのことでした。



またこの頃のレントゲンでは、腫瘍はさらに大きくなってしまっていました。

これも思い当たるフシが・・・

10月の下旬、丁度外科医H医師の外来にて手術を決めた直後、数日間熱が出てしまったのです。

プレドニンの減量を開始したタイミングなので、それと因果関係があるのかもしれません。


この時、以前経験した尿管結石と同じような痛みが腰、というか腎臓にあり、地元の泌尿器科を受診しましたが結石は見当たらず、また、熱の原因も分からず、その熱は数日で引きました。


これはおそらく腫瘍熱で、この時に腫瘍が増悪したのでしょう。

この腫瘍の増悪と、プレドニン減量に併せて、MGの症状が強く出てきた、というとかなり整合が取れると思います。


実際に神経内科T医師の外来を受診する頃には、プレドニンの服用も終わっており、カラダの筋力もより弱くなり始めていました。


T医師はB病院の医師です。

T医師からの提案は、一度神経内科の機能が整っているB病院にて検査をして、確定診断を付けた後、B病院に入院してMGを治療しよう、というモノでした。

つまり、12月に予定した手術は一旦白紙です。


重症筋無力症はワタシは初見ですし、このまま全身麻酔の手術に踏み切るのは危険、との判断になりました。

重症筋無力症は悪化すれば当然動けなくなりますし、呼吸筋がやられてしまうと最悪の場合は気管挿管して人工呼吸器です。

手術に踏み切っても、MGが悪化してそうなってしまってはQOLも何もありません。

とにかく慎重にやろう、とのことです。


これについて、このT医師の外来の後、再度Y医師の外来に行ったのですが同じ意見でした。

Y医師が言うには、A病院には神経内科の機能が無い為、胸腺腫まで含めて総合的にフォロー出来るB病院に一度行った方がいいよ、とのことでした。

B病院にはもちろん呼吸器内科もありますし。



手術が伸びてしまうことは実に残念ですし、不安でなりません。

しかし、MGも怖い病気ですから、致し方ありません。


T医師の提案に従い、ワタシは今現在入院していて、ここでようやく登場するB病院へと入院することになるのでした・・・


つづく



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Vol.60 過去の扉(22)2011年10月「カラダの本音は?」

頑張ってみますか・・・


さぁ、ペースUPしてどんどん書いて現在に追いつきたいです。

早くこのブログのゴッドファーザーPart2状態を解消したいと思います。


アルパチーノに当たる現在のワタシは今入院中で、カラダも元気になりつつあるので暇です。

元気になればなるほど入院は暇ですね・・・


過去の方の主人公、ロバートデニーロに当たるワタシは仕事を休職し、早一ヶ月を過ごしていました。

2011年7月再発時から始めた玄米菜食節制生活にもかなり馴染み、10月になる頃には体重が10キロ以上落ちていました。

もともと好きな時に好きなモノを食べる不摂生をしてましたから、10キロ落ちても適性体重をやや下回る位で丁度良いのでした。

ちなみに今現在のワタシはさらにそこから8キロ落ちて、すっかりヒョロ男となっています。


体調も良く、仕事のストレスからも解放され、まさに心身ともに充実していました。

そんな中、この10月、7月から始めたホルモン療法の定期点検の為にY医師の外来に行った際に、思いがけない事実を突き付けられます。


腫瘍が大きくなっている、とのことです。


ホルモン療法は効いていない、との判断になってしまいました。

この日より、プレドニンを中止すべく、減量開始です。


これはショックでした。


体調も良く、精神的にも充実していたワタシは、きっと治療も上手くいくだろう、と自信を持っていました。

腫瘍がどんどん小さくなる、と過度に期待はしていませんでしたが、まさか悪くなっているとは夢にも思っていなかったのです。


ワタシは、

何故だろう?と考えました。


それまで、規則正しい玄米菜食節制生活を徹底し、ジムにも通い、充実していましたが、それに「こだわり」過ぎたかもしれません。

「これをしなければ、後が無いんだ」

と、ある意味強迫観念に駆られていました。


実際のところ、充実していた、というのは錯覚で、カラダはそれを求めていなかったかもしれません。



再発をきっかけに、

「変わらければいけない」と、

強く意識した結果のこの数ヶ月でしたが、その意識がブラインドとなり、カラダの本音を聞くことが出来ていなかった、ということだと思いました。


これを機に、強い意識でカラダを拘束するのをやめようと考えました。



節制は緩めました。

食べたくなったモノは食べましたし、お酒も解禁しました。


もちろん、玄米菜食節制生活はまだ数ヶ月ですから、これだけで成果が出るモノでは無いかもしれません。

しかし、この腫瘍が大きくなった、という事実にショックを受けたワタシは、あっさり方針転換をしました。

カラダの本音を聞く努力を心がけよう、そうやって方針転換です。




さて、

その後の治療をどうするか?

ですが、

再度手術をしよう、とのY医師の提案でした。


詳しく話を聞くため、再び一回目の手術を執刀してくれたH医師の外来を訪ねます。

H医師によると、胸膜の腫瘍は癒着の心配はもちろんあり、開けてみないと分からないものの、再び前回と同じく左肺を今のまま残して腫瘍だけを剥がせる「だろう」とのことでした。


H医師から、

もう一回手術を頑張ってみますか?

とのお言葉。


断る理由の無いワタシでしたから、そのままお願いをします。

手術は約一ヶ月後の12月初旬の予定となりました。

この時10月の末、冬の足音をそこまで感じながら、

あぁ、またあのオシッコの管やるのかぁ~、と思いながらA病院から家路についたのを記憶しています・・・


つづく

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Vol.59 過去の扉(21)2011年8月~9月「闘病の始まり」

休職させて下さい・・・


2011年7月に再発を告げられ、ワタシはホルモン療法をすることとなりました。

抗がん剤に凝りていたワタシですから、Y医師もこれを提案してくれました。


プレドニン30ミリを毎日内服するというものでした。

これにより胸腺腫が縮小する例があるようです。

様々な副作用は心配ではありましたが仕方ありません。


仕事はそのまま続けました。


この再発をキッカケに考え方が変わったワタシは仕事をとりあえずは従前通り続けながらも、

「カラダを健康にする為に何かしなければ・・・」

と、真剣に考え始めました。


ここからがワタシにとっては本当の意味での闘病の開始でした。


これまで現実から目を背けるようにしていたワタシは、当然ガンに関する書籍や情報に必要最低限以上は触れていませんでした。

なのでこのタイミングで様々な書籍を読み漁り、闘病の心構えや実践すべきことを自分なりに考え始めました。



ワタシはまず、それまで乱れきっていた食生活をまず改めたい、と思いました。

世間的にもベタにはなっていますが、玄米菜食を実践してみました。


仕事をしながらですから、完全には出来ませんでしたが、出来得る限りのことをしました。

野菜中心に採り、主食は玄米です。

会社に玄米おにぎりを持っていったりしていました。

肉は避け、酒も止めます。

もともと野菜好きなワタシでしたので、これは苦なく出来てしまいました。

酒も肉も好きですが、もともと多くのこだわりを持たないワタシは、別にそれらが無くても大丈夫でした。



もう一つ、仕事をどうするか、考えました。

再発してしまったからには、その再発をもたらしたと思われるそれまでの生活を変えなきゃならない、

という考えがありました。

よって、人生のポートフォリオの多くを占める仕事との関わり合いも考え直さねばなりません。


今の仕事のストレスは大きく、この仕事をこなしながら、カラダをケアすることはワタシには出来そうにもありませんでした。

仕事のストレスもある程度は必要だとは思っていますし、仕事をしながらガンが治れば、なお良しです。

しかし、このままカラダをケアしつつ、今の仕事をある程度セーブして続けたとしても、ワタシの気持ち的にも両方が中途半端になることは明らかでした。


ワタシは悩みました。


ワタシが今、一番優先すべきは仕事ではなくカラダです。


それにもう後がありません。


仕事とカラダの両立にもう一度チャレンジしても、失敗は許されません。



ワタシは、

カラダのケアに全精力を傾ける

そう結論を出しました。



思いきってカラダの為に仕事を休むことにしました。

家族も賛成してくれました。


丁度、秋の人事異動のタイミングが迫っていましたから、それに併せてワタシは会社に一年間の休職を願い出て認めてもらいました。

一年で病気が治る保障は無いですし、一年という期間に具体的根拠はありません。

切り良く一年、というだけです。


試しに一年、とにかくカラダのケアに全力を尽くし、ワタシは何かしらの成果を得よう、と考えたのです。

一年後のことは、その時考えることにしました。

ワタシにとって大事だったのは、「今」カラダの為に何をするか、でした。



9月に休職の予定となり、それまでは引き継ぎに追われました。

これは大変で、かなり残業もして無理をしましたが、中途半端にして会社に迷惑をかけることは出来ませんし、これを乗り切れば休職に入れる、ということもあり、ワタシはラストスパートの意味で頑張りました。



9月に入り、休職に突入すると、玄米菜食を徹底し、運動して体力もつけるべく、ジム通いを開始しました。

ほぼ毎日、近所のジムに通い、
泳いだり、筋トレしたりして、サウナやジャグジーに浸かり、帰って来ては好きな本を読み・・・

まるでセレブ奥様のような生活となりました。


とにかく、やりたいコトをやって、精神的にも充実させることを心がけました。

カラダの免疫は心の問題が大きいはずだと考えました。


こうしてワタシの休職生活はストレスからも解放され、実に充実したスタートとなっていました。

この調子で腫瘍の拡大を防ぎ、今のQOLを永く維持出来ていければ良いなぁ~、と夢を膨らませるのでした・・・


つづく

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Vol.58 検査が多すぎるぜぇ

経過だけは追わせてねぇ~


引き続き体調は良いのですが、ここ2、3日は踊り場ですかね。

もっと良くなってくれるはずですが・・・

まぁ焦らずに過ごすしかないですけど。


さて、週明け月曜と今日火曜は検査が色々ありました。


この病院は検査が多いです。


大学病院ですから、研究や教育の教材になるために仕方ないのでしょう。。。

しかし多いです。


全身のCTや、骨シンチグラフィ、頭MRIと、癌患者フルコースの全身検査を1ヶ月半~2ヶ月ごとにやるのです。

胸レントゲンなんか週に一回は必ず撮りますよ。


ワタシの既往症、胸腺腫はそう簡単に早いスピードで全身に転移するシロモノでは無いはずです。

検査もストレス溜まりますし、被曝もするのです。



あと、毎日の採血でプスプス・プスプス刺されるのもストレスですよ。

昨日も研修医の先生に動脈採血を2回失敗されましたよ・・・

痛いんですよ、この動脈採血・・・

地獄です・・・

もう腕、穴だらけだよ、、、マジで、、、

新人先生の練習台にならなきゃいけないのも大学病院患者の使命ですかね?・・・



やれやれ。



昨日に引き続き、先程MRIやってきました。2日連続です。。。

昨日は胸で、今日は頭。

いっぺんにできないのかねぇ??

あのファミコンのシューティングゲームの中に飛び込んだような爆音、いい加減になんとかして欲しいし・・・

時間も長いし・・・

かなりストレスです。


確実にこの間、免疫下がってますよ。



あ、あと昨日肺活量検査をしまして、2700ccでした。

先週が1700ccでしたから、かなり回復してきましたが、もともとの4000ccまでの回復にはまだ程遠いです。


あと、握力も測りました。

右、左ともに20くらいでしたw

子供並です・・・

でも日常困りません。

おそらく固いビンの蓋はあかないでしょうが・・・



採血結果も順調です。

筋炎の指標たるCKも正常値に近づいてますし、肝機能も回復傾向です。


肝機能の懸念については、今日、消化器内科の先生に診察をしてもらいました。

専門的でよく分からなかったのですが、どうやら筋炎と連動して肝機能が損なわれることがあるようです。

自己免疫肝炎の可能性は否定出来ないとのことで、

経過だけは追わせてねぇ~

と、またGW明けに、このほのぼのとした優しい先生に診てもらうこととなりました。


少なくとも、B型だのC型肝炎だのではなさそうなので、現段階では、という断り付きではありましたが、肝臓はそんな心配しなくて良い、

とのことでした。


ふぅ、よかったぜ~


これ以上病気増えるのはさすがに、、、ねぇ?、、、


今、酒も飲んで無いのですから、これで肝臓悪くなったら損ですよ・・・



今日は日中暖かかったですね。

病室の窓から吹き込む空気が爽やかです。

窓の外の景色も緑が増えて来ました。

GWが終わればあっという間に夏ですね~


早く一度退院したいです。

頑張るぞ~


おわり

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