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ワタシはカラダをテツガクする

病気が集まってくるカラダを自慢している。 生きてる以上テツガクするしかないね。めんどくさいけどね。

vol.529 5月12日 小さな青空


彼の月命日。
6月12日、私は彼の実家で
お母さんとお父さんと3人でご飯を食べました、、、


あの日からもう一ヶ月も経ちました。
心の整理もつかないまま、
お通夜、
告別式、
初七日、
月命日、
そして今月末は四十九日です。


楽しいことがないわけではありません。夢も希望もないわけではありません。
やらなきゃいけないこともたくさんあります。


でも、すごく疲れます。
すぐにやる気がなくなります。
どうせ彼には会えない。
今更彼に何もしてあげれない。
そう思うと途端に目の前が暗くらなり音が無くなります。
色も音もない空間で私は孤独と戦います、、、


何度か彼の夢を見ました。
いつも夢の中で私は怒られています。
ジョカノちゃんにもっとしっかりしてほしいんだよとお母さんは言っていました、、、
お母さんの夢の中の彼はいつも笑ってるそうです。
私も笑ってもらえるように、しっかり生きていかなければ、、、
そう思うのですが、気づけば色と音のない空間に閉じ込められています。


あの日彼の身体に何が起こったのか、
なぜ防げなかったのか、
本当に救うことは出来なかったのか、、、
彼は前日の夜中12時過ぎには私に笑顔で手を振ってくれていました。


また、来てね


彼の最後の声が頭から離れません。
この世に神様なんていないと
初めて知りました。
この先私は2度と神様に願うことは無いです、、、
もしいたとしても、彼の命を奪ったことを許さない。



まだ33歳ですよ、、、
やりたいこと、
行きたいとこ、
食べたいもの、
見たいもの、
たくさんあったのに、、、




十分頑張ったよ

ゆっくりさせてあげよう

きっと向こうで幸せにしてるよ






色んなことを言われました。
そんなことなんで分かるんだろう、、、彼は死ぬために苦しんで頑張ったわけじゃない。
元気になって家に帰りたくて頑張ってきたんです。
もちろん励ましのお言葉なのはよく分かりますが、、、
でも、私は誰よりも彼の切なる願いや希望を聞いてきました。
退院したらしたい事、行きたい場所、食べたい物、、、
したい事だらけでした。


彼が死んで楽になれたというのは
残された人間のエゴだと思います。
そう思えば楽だから、、、
楽になりたいとは私は思いません。
だって彼は生きたかったのだから、、、
その生きたいと思ってた気持ちを私が引き継ぎ、彼のことずっと思いながら生きていこうと思っています。
















あの日、
私達が彼にやっと会えたとき、
彼は既に沢山の管に繋がれ、
意識はほぼなく、
血圧は40という状況でした、、、


人工心肺と透析で何とか生かされている、、、彼が最も嫌だと言っていた状況でした。
私は愕然としました、、、
あまりの彼の変わりように、、、
こうなる前に、彼が意識があるうちになぜ会わせてくれなかったのか、、、
こうなってしまえば、彼にかける言葉は何の意味も持たないのに、、、



お母さんは朝から病院にいました。
彼にいつでも会えたはずなのに、、、
なぜ、やっと会えたと思ったらこんなことになってるのか、、、
私は怒りが込み上げてきました。
彼が1番苦しく辛い時に
側にいてほしかったのは医者でも看護師でもない。
私達だったはずなのに、、、
例え遠のく意識の中でも、私達が側にいると分かれば彼は不安ではなかったはずなのに、、、





お母さんが


まだダメだよ!
逝っちゃダメだよ!
ジョカノちゃん置いていったらダメだよー。


そう彼に言いました。
私は置いていかれるのか、、、
初めてそこで彼がいなくなる恐怖が心から湧き上がってきました。
でも、2年前の奇跡を信じました。
きっと彼は私を、私達を置いていったりしない、、、


彼は朦朧とする意識の中で
身体中に繋がってる管を引き抜こうと暴れていました。
お母さんと私でその手を押さえていると、彼が何か言っています、、、
何度も言っています。
しかし口の形だけでは彼が何を言ってるのか分かりません。
自分の頭を何度も叩いていました、、、そして、何か言っています、、、
二文字です。












無理









そう言っていたのかもしれない、、、
後から私とお母さんはそう思いました。
きっと彼は無意識の中でも苦しくて苦しくてたまらなかったのだと思います。
頭に何かを巻かれていました、、、
それが痛くてたまらなかったのかもしれません、、、
だから、何度も頭を叩いて私達に訴えていたのだと思います。




先生が、危険なので両手を縛らせてほしいと言ってきました。
お父さんはその書類にサインをしていました。
両手をミトンのような手袋をさせられ、
ベッドに縛られました。



そして、私達はまた一旦ICUの外に出されます。




私は何も考えれませんでした。
前の日に一緒にサザエさんを見たこと、彼と話したこと、帰り際に笑顔で手を振ってくれたこと、、、
なぜあの彼がこんなことになってるのか信じれません。
夢であってほしい、、、何度も思いました、、、





とにかくこのへんから私の記憶は曖昧です、、、
ただ、今まで経験したことないような感情だけは覚えています。
恐怖、
不安、
そして怒り、悔しさ。




また、待合室で待ちます。
何の説明もないまま、、、




私もお母さんもお父さんも何も話さなかった気がします。




そして、やっと呼ばれて、
ICUに入りました。




そして






























私達が彼のベッドに行った瞬間に彼の心臓は止まりました。
電気ショックを与えます。
彼は戻ってきません。
もう一度やります。
戻ってきません、、、





いくら泣いて叫んでも
彼は戻ってきませんでした。
ただ、人工心肺の動きに合わせて彼の体は一定に上下するだけ。



私は何度も何度も彼にお願いしました。



なんでもするから、置いていかないで。
お願いだから、、、



それでも彼の身体はただ一定に小刻みに動くだけでした、、、





そして、彼の身体が可哀想だから、
人工心肺を止めて本当に死んだかどうかを確かめたいと、先生から言われました。立ち会ってほしいと。



私はその場にいることができず、
フラフラとICUを出て行ったようです、、、
よく覚えていません。



気づくと、待合室のソファで誰かに背中をさすられながら泣いていました。
お母さんの弟のお嫁さんでした。
その人の膝にうずくまって泣いていました。ただ、その人のズボンが私の涙でたくさんシミができていたのを覚えています、、、



お母さんやお父さんがどこにいるのか、
自分がどこにいるのか、
一瞬分からない時間でした。










しばらくすると、
お父さんの泣き声が聞こえました、、、


17:24、
彼の人工心肺が止められ、
彼の死亡が確認されたのです。
私もお母さんもそこに立ち会えず、
お父さんが立ち会ったそうです。



お父さんが声をあげて泣いたのを初めて聞きました、、、
この5年、
お母さんや私が泣いてる時もお父さんはいつもしっかりしていたように思います。私やお母さんが取り乱してもお父さんはいつも静かに側にいてくれたように思います。



お父さんの泣き声を聞いて、
私は彼がいなくなったことを叩きつけられ、意識がなくなるくらい泣きました。



彼が死んだことが悲しかったのではないのです、、、
彼を独りで逝かせてしまったことがただ悔しくて悔しくて、
申し訳なくて、、、
最後に彼にありがとうが言えなかったことが、
彼の手を握れなかったことが、
彼に笑いかけてあげれなかったことが、
最後に独りにしてしまったことが、
本当に申し訳なくて、胸が痛くて、
悔しくて、、、
どうしようもないくらい悲しくて、、、



彼に何度も何度も言われてきました。
俺が死んだらと、、、
その度に私は笑って払いのけてきました。
でも、最後の最後まで私は側にいようとずっと思って彼と付き合ってきました。
5年前に彼と付き合う時に、
共に十字架を背負うとお互いに誓いました。
遺していく彼、
遺される私、
十字架の重さは一緒だよと。
その十字架の重さを生きる糧にしようと。


もはや私達にとっては、
生きるとか、
死ぬとかが大事ではなかったのです。
「今、この時」が大事だったのです。



彼の命が燃え尽きる時、
私は必ず手を握って側にいようと決めていました。
その時にお互いの愛を改めて感じようと。



でも、現実はそれすら許してくれませんでした、、、




私は担当医に
絶対許さないと暴言を吐いたようです。
死なせたことではありません。
私達を側にいさせてくれなかったことをです。
治療の邪魔かもしれません。
でも、命が燃え尽きるとき、大切なのは治療でしょうか?
愛して、愛されてる人間が側にいることではないのだろうか、、、


それはそんなに難しいことでしょうか、、、
手術中ならまだ分かります。
でも、彼はICUのベッドにいました。
邪魔ならカーテンの外でもよかった、、、



最後は医者に委ねるしかないのでしょうか、、、




その後、
全員がカンファレンスルームに呼ばれました。
先生から説明された彼の死因。








ゴールデンウイーク明けから食べれなくなり、弱った身体に一気に菌が回り、ショック死に近い状況だったと説明されました、、、


彼が亡くなった後に分かったことですが、目に出来ていたイボからも菌が見つかったそうです、、、
弱った彼の身体は菌に侵されていたのです、日に日に。
食べれなくなり、
リハビリに行けなくなり、
ついには呼吸ができなくなり、、、



でも、彼は諦めてなかった、、、
それだけは分かります。
自分が死ぬなんて絶対に思ってもなかった、、、
だから、笑顔で私に


また、来てね



と言ったのです。












なかなか書けなくてすみませんでした、、、
今回の拙い文章ですら、10日以上かかっています、、、
やはり、この日のことをスラスラ書けるほど私にとっては過去ではありません。
目を閉じると、あの日のことが断片的にちらつきます。
あの日感じた感情が未だに溢れてきます。





いきなり、愛する人がこの世からいなくなることは例えようがない悲しみでしかありません。
例えようがないのです、、、
解ってほしくても、きっと伝わらないのかもしれない、、、



あなたにもし愛する人がいるなら、
あなたを愛してくれる人がいるなら、
その人との「今、この時」をないがしろにしないでください。
その「今、この時」は永遠ではなく、
一瞬なんです。
永遠に続くものなんてありません。
当たり前のことなのに、
当たり前にみんな忘れてしまう、、、



この5年、
彼と私は、
曇りきった空の切れ目から見える小さな青空だけ見てきました。
その小さな青空さえあれば幸せでした。
大きな青空じゃなくていいんです、
小さな青空でも十分綺麗で、
十分私たちを癒してくれました。



今、私は曇りきった空に覆われています。でも、ちいさな切れ目から見える青空を探して生きていきます。
その小さな青空から彼は見てくれてるような気がします。
彼のご両親も、私の両親、兄弟も、友達も私を愛してくれています。
十分愛されています。
今度はその人たちとの
「今、この時」をなお一層大切にしていこうと思います。




関連記事

コメント

彼が残してくれたもの

おはようございます。

親近者の臨終に立ち会うのは、様々な想いが込み上げてきてとても辛いものです。
頭の中では理解していても、まさに脈拍が止まる瞬間というのは、今でもフラッシュバックすることがあります。
何もしてあげられない無力感とともに、人間の生死の瞬間の尊厳な空気感というか、・・・言葉では言い表わせられないです。

ジョカノさん、よくこの文を完成していただきました。(もちろん、これで最終という意味ではないです。)
さすがだと思います。
正直なところ、彼の最期は一番辛い瞬間ですよね。

出来れば元に戻したい、なかったことにしたい、・・・私の場合はそればかり考えていました。
でも、そんなことできるわけない・・・。

時間が解決してくれるということを言われても、そうでない部分もあるものです。
悲しみを引きずってでも、残された者は命を大事にしていかなければなりません。
彼が残してくれたもの。
それは、命の大切さ、尊さ、生きることの意味・・・。
それも、数学の回答のような明快なものではなく、常に考えることこそが大事なんだと思えるようなもの・・・。

ジョカノさんの今回の文章には、悲しみの中にも周りのご家族の方々と共に生きていこうという気持ちも表れていて、少し安心しました。

お互いに、ゆっくりと生きていきましょう。
無理にがんばらなくていい、むしろその時その時に合わせたテンポで生きている実感を感じながら・・・。

Re: 彼が残してくれたもの


まさひとさん


その通りです、、、
常に考えていくしかないのだなと、、、
私もそう思います。

悲しみを超えてとも、
時間が解決とも
今はそんなことは思わず、
ただただ彼のことを思い出し、泣いて、悔やんで、、、
それでいいのだと思っています。


愛する人の死を簡単に忘れられるわけもなく、、、
苦しみながら生きていけばいいんじゃないかな、、、


そんな私の胸中を理解して頂いてるコメント本当に嬉しかったです、、、
解ってもらえなくていいと思っていても、
解ってもらえるとすごく嬉しく安心します、、、
本当にありがとうございます!!!



今日は仕事で長野にきています。
いつか彼と長野に旅行しようと話していました。叶わなかったことはすごく淋しいですが、彼と約束したことや話したことが今も私の回りに溢れていて、辛く淋しいことではありますが、励まされています。


彼は今どこにいるのかな、、、
と、いつも考えてしまいますが、
きっと見られていると思います、、、どこかから。
だから、怠けず諦めず生きていこうと思っています!









ごあいさつ

ワタシさん

こんばんは。初めてコメントします。

1か月前の急な訃報に驚きました。
twitterの内容から、体調がよくないのは分かっていましたが、まさかこんなことになるとは思いもしませんでした。

まだお若いのに、どれだけ無念だったことか。

私が貴ブログを見つけたのは、2年前、職場の先輩が重症筋無力症を伴う胸腺腫で倒れ、この病についての情報を探していた時です。

ワタシさんに比べると先輩の病状はまだ深刻ではありませんでした。
胸腺腫も良性で、入院1か月半ほどで全摘。
重症筋無力症も、点滴で快方に向かっていました。

しかし、2度目のクリーゼを起こしたときに、先輩は絶望のあまり現実から退却し、自力でできることもしなくなり、職場に復帰することなく、故郷の病院に転院してしまいました。

先輩の退職と同時に、私と先輩との縁も切れましたが、ワタシさんのブログはずっと拝見し、twitterもフォローさせていただき、病の回復を陰ながらお祈りしていました。

ワタシさんの胸腺腫は悪性、重症筋無力症ばかりか、多発性筋炎も発症、それでもご自身の病状や治療を把握し、ご自身のテツガクとともに情報を発信されているありようには、ただただ、頭が下がりました。

貴ブログがどれだけ病に向き合う方々の力になり、希望になったことか。

特に、2年前に「死の淵」から戻ってきた後の記事にあった「辛いと感じる人生は、本当は『楽しい』はずです」という言葉は、名言だと思います。

ワタシさんの命がもっと長かったら、どんな風に生き、どんなことを発信してくれたのかと思うと、何か、すごく大事なものを失ってしまったのだと思わざるをえません。

ただ、ただ、残念です。


ジョカノさんへ

この5年間、ワタシさんの存在は、ジョカノさんの人生そのものだったのだろうなと思います。

お願いがあるのですが、このブログを、もうしばらく残しておいていただけないでしょうか?

たぶん、ワタシさんの記録は、まだまだ病に苦しむ患者さんの役に立つはずだと思うのですよ。

よろしくお願いいたします。

Re: ごあいさつ

Walking_Pinkpigさん


こんばんわ。
初めてのコメントありがとうございました。
彼へのメッセージ胸が熱くなりました、、、彼はきっとこのメッセージを読み、ブログを続けてきてよかったと思っていると思います。彼が死んでしまって、初めてこのブログを読んだ時にすぐに分かりました。


誰かの役に立てれば、、、と思って続けてきたことを。
だから、遺書には閉鎖するよう書いてはいましたが、本当は閉鎖したくなかったはずです。むしろもっともっと発信したかったことがあったはずです。

私にはその代わりはできませんが、、、
これからも少しずつ更新していこうと思います。

彼は私の人生そのものであり、
最大の味方で私の強さの源で、
そして
最大の弱味でもあります。
彼を失い私はどこに進んでいけばいいのかまだ分かりません。
でも、彼に出会えたことは幸せ以外何物でもありません。


その気持ちを大切に生きてみます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ジョカノさんコメント遅くなってごめんなさい…
ワタシさんの最期のこと、ご家族の気持ち、ジョカノさんの悲しみもどれも大きすぎてなんて言っていいかわかりません…。
ただ、でもすごく辛い思いをして書かれた記事を読んで、伝わったものがあったこと、考えたことがいっぱいあったこと、伝えたくてコメントかきました。

いつかジョカノさんが青空を見つけれますように…。

Re: ありがとうございました


地方のおばさん さんへ

コメントありがとうございます。
彼のブログが支えとなっていると仰って頂けるなら、閉鎖などはしません。
彼の遺書には閉鎖するように言われていますが、きっと彼も皆さんのお言葉を聞いて閉鎖しなくても怒らないと思います。


死んだ人には口がなく、
彼の望んでいたことや、彼の理想や希望を極力叶えてあげたいと思いますが、
現実それが難しいこともたくさんあります。

でも、このブログは唯一私が任されたことなので、きっと彼も許してくれると思います。それに、彼のブログが皆様の役に立ってることが、ただただ幸せです。
彼の最後は無念で悔しさばかりだったと思います。そんな彼が報われるような気がします。だから、温かいお言葉心から感謝します。本当にありがとうございます。


ご家族のこと気になります、、、
闘う本人も、看病する周りも
辛いです、、、
支え合うしかないです。


私には何も出来ないです。
でも、応援し、祈ってます。








Re:

sattoさん

お元気ですか?
やっと書けました、、、
言いたいことはたくさんありましたが、
結局拙い文章で、、、
いつもすみません。


彼との闘病生活は、
悪いことをなるべく考えず
一瞬見える小さな青空を探す毎日だったように思います。
それはごまかしたり、
逃げたりしてるわけではなく、
かといって前向きでもなく。

ただ、
今青空が広がってる
それで幸せだね、、、
そんな感じでした。
彼は、この青空が明日も続かなくてもいい、今日見れてよかった、
そんな感じでした。


私の青空はどこにあるんでしょうか、、、
でも、頑張って捜してみます。
いつもご心配していただきありがとうございます。

おはようございます

ジョカノさん…改めて大変でしたね。
読む度に 自分の死を取り戻す を考えさせられます。
希望を繋ぐ家族、ジョカノさん。
そして ワタシさん ワタシさんは誰にでも投影される存在です。私はワタシさんに投影されていきます。

苦しければ繋がれてる管を触ることあるかもしれません。ちょっとした手の動きが医療の邪魔と判断されかねません。本人の為と言った言葉で医療側の都合が優先されることがあったかもしれません。
悔しかったでしょうね。
最後手を繋いでいたかった気持ちに折り合いをつけるのにどうしたらいいのでしょうか?

ジョカノさん…
一瞬見える青空を捜す 心に響きます。
この青空が明日続かなくてもいい、今日見れてよかった 大切な事に気付かせてくれて下すってありがとうございます。

Re: おはようございます

しほさん


コメントありがとうございます。

病院側も精一杯やってくれたのだとは思います、、、
ただ、彼が生きてればやれ過ごせたことが、彼が死んでしまったらごまかすことはできません。許せないと感じることがたくさんありました、、、
私もお母さんも疑問が多く、、、
つい、それを色々と書いてしまい、愚痴のようになってしまい、本当に申し訳ありません。

過去を羨み、
未来に絶望するくらいなら、
今、一緒にいるこの時間だけを大切にしようと彼とはいつも話していました、、、
でも、本当は私たちはいつも未来に望みを持っていましと、、、
口には出せないけど、私は彼との永遠をいつもいつも望んでいました。


でも、今もきっと見てくれているはずです!!そう思って、自分で自分を慰めながら、励ましながら頑張ります。

失くさないと分からないものです。
きっとみんな、、、
私は彼を失い、今ある当たり前のものや人を強く強く愛しく思っています。

家族、友達、飼い猫までも、、、
いつかは別れがきます。
病気だろうと元気だろうと、人間には寿命があり、それは私もそうで、、、
だからこそ、今をないがしろにはできない。ついつい忘れることも今まではありました。
でも、これからは無いです、私は。
自分の精一杯でみんなを愛して、大切に想い、想うだけじゃなく言葉にして伝えていきたいです。


ありがとうや愛してると。


そして、言葉だけじゃなく、
私にできることは何でもしようと思います。


みんながそう思って生きていれば
きっともっといい世の中になるのにな、、、
そう思います。












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